ラフマニノフの音楽の中に自分自身を感じます
伊藤悠貴は、日本人離れしたチェリストだ。1989年に生まれ、15歳からロンドンで暮らす彼は、英国王立音楽大学を首席で卒業し、2010年ブラームス国際コンクールで優勝。11年にフィルハーモニア管の定期でデビュー後は内外で活躍し、指揮活動も行っている。今年2月5日には、第17回 齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞した。
3月には紀尾井ホールで、本邦初の「オール・ラフマニノフ・チェロ・リサイタル」を行う。これは18年6月、ロンドンの殿堂ウィグモア・ホールへのデビュー時に弾いたプログラムだ。
「チェロでのオール・ラフマニノフはウィグモアでも史上初。作曲家本人が演奏したホールで、彼が書いた年と同じ28歳時にチェロ・ソナタを弾くなど、記憶に残るコンサートになりました。そこでぜひ日本でもやってほしいとの声をいただき、今回実現しました」
彼のラフマニノフ愛は半端ではない。
「10歳の時に聴いたチェロ・ソナタがあまりに衝撃的で…。ラフマニノフの音楽は自分自身を表現できますし、弾いていると自分が書いたのではないかと思うくらい。今は様々な知識も得て、全作品を把握しています」
その上で「熟考した」内容は、チェロ曲に加えて「大好きな」作品3のピアノ曲や6曲の歌曲などバラエティに富んでいる。
「1918年にアメリカに移るまでの作品の中から、初期と中期と後期の楽曲を選び、ロシア時代の作風の変遷を聴いていただきたいと考えました。特に最後の歌曲集の中の作品38-5『夢』は今回の紀尾井ホール公演のために加えた曲。これによって、若い時の作品4から、有名な作品21を経て、作品38に至る歌曲の流れができました。チェロは歌う楽器であり、ラフマニノフは歌の作曲家。歌あってこそのピアノや管弦楽曲だと思っていますから、チェロに合う歌曲を厳選し、『朝』の次に『夜』など順番も熟慮しました」
ピアノ曲2曲と全歌曲は伊藤自身の編曲だ。
「歌曲は、音域を変える、ピアノのフレーズも一部移行させる、ピッツィカートほか様々な奏法を織り交ぜるなど、チェロとピアノでこそ可能な表現を心がけて編曲しました」
後半は、名作チェロ・ソナタだ。
「『生まれ変わったらこの曲になりたい』と思うくらい好きです。これまでにたくさん弾いてきましたが、あまりに素晴らしいので毎回感動します。また私の先生の一人がラフマニノフの親友のチェリスト、ブランドゥコフ(ソナタを献呈された)の孫弟子で、本人の思いや裏話を聞けたことも大きいですね」
今回のピアノは初共演の藤田真央。「とにかく音が綺麗で、ラフマニノフは絶対にいいと思う」と期待を寄せる。
「もう1つのライフワーク」というイギリスのチェロ作品やCDのことなど話題は尽きない伊藤。話を聞けば聞くほど、今度のリサイタルが楽しみになってくる。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2019年3月号より)
伊藤悠貴 チェロ・リサイタル
2019.3/29(金)19:00 紀尾井ホール
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
https://www.japanarts.co.jp/