満を持して16年ぶりに新アルバムをリリース
1996年創設の「ストリング・クヮルテットARCO」は、現在メンバー全員が在京オケの首席奏者たち。伊藤亮太郎(第1ヴァイオリン/N響コンサートマスター)、双紙正哉(第2ヴァイオリン首席/都響)、柳瀬省太(ソロ・ヴィオラ/読響)、古川展生(首席チェロ/都響)。
10月発売のニュー・アルバム『死と乙女』は、実に16年ぶりのリリースだ。シューベルトのタイトル曲と、ウェーベルンの「弦楽四重奏のための緩徐楽章」のカップリング。「死と乙女」を提案したのは柳瀬だった。
柳瀬「悪ガキだった4人も、年輪を重ねて40代半ば。『死と乙女』が身体に入ってくるのにちょうど適しているかなと思って。若い時は、そんなに引き出しもないし、勢いで弾いているところがあった。『死と乙女』には、それを超える表現が必要ですから」
伊藤「確かに。若い頃の勢いも失いたくないですが、それプラス、自分たちの経験が、良い方向に働いたなと思いました」
古川「それぞれが違う音楽人生を歩んでいる中でも、20年以上やってきて、持ち寄る言葉は一緒なんだ、同じ方向を向いてやってきたんだなと、改めて確認できた感じですね。方向性を共有しやすい。音がすごく混じってきたなと思います」
双紙「僕もそれを一番感じた。他の3人を本当に聴き合える。ああ、こいつが今こう弾いてるから俺はこう弾こうとか。『聴く場所』が揃ってきたような気がしました」
ウェーベルンは十二音技法に行き着く前の初期作品。濃厚な後期ロマン派の香りが漂う美しい音楽だ。
柳瀬「『死と乙女』は、各自の個性よりも様式感とか語り口が大事だと思うのですが、ウェーベルンは、それぞれの思い入れが存分に出せる曲です」
伊藤「カップリングとしてバランスがいいね」
柳瀬「今回、シューベルトもわりと落ち着いた演奏だと思いますし、そこにこの静かなウェーベルン。落ち着いて聴いていただけるアルバムだと思います」
古川「全員が普段オーケストラでも弾いている。ソリストの集まりではなく、ずっと合奏の中で生きてきた僕たちの作る音楽をぜひ聴いていただきたいですね」
双紙「録音がすごく良くて、本当に生で聴いているような音質で聴けると思います」
伊藤「みんなの和声感とかも含めて、本当にうまく録音してもらいました。もちろん、経験とか歌い方とか、いろいろ聴いていただきたいのですが、まず現在のわれわれのサウンドを聴いてほしいですね」
シューベルトの両端楽章はとても刺激的。流麗なウェーベルンとの対置で先鋭さはいや増す。一方で同名歌曲が引用された第2楽章「死と乙女」の変奏は絶妙なテンポ感で深く沈潜してゆき、いったんト長調に転じる“天国感”はすごい。名曲の、新たな注目盤となりうる一枚だ。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2018年11月号より)
CD『ARCO/死と乙女』
アールアンフィニ(ソニー・ミュージックダイレクト/ミューズエンターテインメント)
MECO-1050(SACDハイブリッド盤)
¥3000+税