リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー」現地レポート Part2

 来春15回目を迎える「東京・春・音楽祭ー東京のオペラの森ー」で、リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」が開催される。東京での同アカデミーは2021年まで東京春祭の開催に合わせ、3年間にわたり行なわれる。
 ムーティがイタリア・ラヴェンナで15年に立ち上げた「イタリア・オペラ・アカデミー」は今年度、7月から8月にかけて開催された。現地でその模様を取材した後藤菜穂子さんによるレポートの第2弾。

C)Silvia Lelli

 この夏のラヴェンナでのオペラ・アカデミーの指揮受講生の経歴を見てみると、現在アメリカを拠点に活動している指揮者が3人、ドイツが1人、いずれもオペラよりもシンフォニー・オーケストラの指揮経験のほうが多いようだ。4人とも非イタリア語話者で、さほどオペラ経験の多くないメンバーだったのは、意図的だったのか(ムーティが敢えて非イタリア語圏の指揮者たちに伝授したかったのか)、あるいは純粋に指揮者としての能力で選ばれたのかどうかは興味のあるところだ。

 台湾系米国人のウィルバー・リンとウクライナ出身のアレクサンドル・ポリコフの二人は、ピアニストおよび声楽コーチとしての経験も豊富のようで、指揮には職人的な安定感があった。最年少(25歳)の香港出身のアルヴィン・ホーは現在米国インディアナ大学博士課程在学中で、インディアナのオペラ&バレエ劇場のアシスタント指揮者を務めているそうだが、ダイナミックなタクトで、ムーティの指導を受けてメキメキと上達していた(彼は11月にロンドンのドナテラ・フリックLSO指揮コンクールに出場予定)。一方、アメリカ人の両親のもとドイツで育ったジョン・リドフォーズは細やかで几帳面な指揮ぶりだが、歌手の伴奏においてはやや硬さが目立ち、もうすこし柔軟性がほしかった。

右:ウィルバー・リン
C)Silvia Lelli

左:アレクサンドル・ポリコフ
C)Silvia Lelli

 セッションでは、ムーティは一人ずつ順番に同じ場面を指揮させ、平等に指導していた。まずは一回通して指揮させ、その次に細かく止めながら振り方を修正したりテンポや解釈についてアドバイスしたりしていく。その際も、ここはこうしなさい、と直すのではなく、ここはどうしたらよいと思う?と受講生に問いかける形で、本人に問題点を自覚させていたのが印象的だった。
 たとえば初日のセッションではまず一人ずつが《マクベス》の序曲を指揮。ムーティはそれぞれの演奏のあとで、テンポ、強弱、楽器間のバランス(どの声部を引き出すべきか)、そして曲の雰囲気をどのように表現すべきかなどについて細かく指導していった——ときには自分でお手本を見せたり、受講者の腕を取って一緒に指揮したりも。たとえばウィルバー・リンは棒のテクニックは十分あるのだが、すべての拍を刻む傾向があり、ムーティはその点を注意して、左手を使ってもっとフレージングや表情をオーケストラから引き出すよう、自ら手本を見せながらアドバイスしていた。
 こうしたほんのちょっとしたアドバイスによって、たしかに音楽の流れがぐんとよくなるのがわかる。でもなかなか実地でないと学べないことばかりで、オーケストラを前にしてこうしてマエストロから指導を受けられることがいかに貴重な体験かを強く実感した。受講生のポリコフも、「指揮法の教本などでは学べないことばかりで、マエストロの教えをもらさず吸収したい」と話してくれた。

右:アルヴィン・ホー
C)Silvia Lelli

左:ジョン・リドフォーズ
C)Silvia Lelli

 さて、前回も触れたが、歌手たちはすべてのセッションでいつでも歌えるように全員舞台の上で待機している。歌手陣の中にはムーティと初顔合わせの若手歌手もいて(マクベス役のS.ヴァシーレやマクダフ役のS.ディステファノら)、彼らにとってはマエストロに聴いてもらえる貴重な機会でもあり、真剣な面持ちで臨んでいた。実際、時折ムーティが指揮者やコレペティトールの指導そっちのけで、彼らの抑揚やフレージングを徹底的に指導することもあった(第1回のアカデミーでは歌手の受講生もいたようだ)。一方、ムーティとの共演歴の多いV.イェオやR.ザネラート(バンコー役)は、彼の理想とする正しいヴェルディ・スタイルの歌唱を聴かせてくれた。

C)Silvia Lelli

 なお、マエストロは聴講生・観客に対してもとてもサービス精神旺盛で、指導の合間には彼自身が50年のオペラ経験の中で、自分の師から学んだこと、コレペティトールとしての経験から学んだこと、歌手から学んだことなどさまざまな逸話をユーモアもまじえて披露してくれて、とても楽しかった。

 そして何よりも筆者が学んだのは、ヴェルディがこの作品でシェイクスピアの戯曲を活かすべくいかに工夫を凝らしたかということだった。今まで気づいてこなかったたくさんの魅力をムーティから学ぶことができ、次に《マクベス》を観るのがとても待ち遠しくなった。
 東京での19年開催のアカデミーでは《リゴレット》が取り上げられるが、オペラに少しでも携わる若手の指揮者および音楽関係者はぜひ受講生あるいは聴講生としてふるって応募してほしい。また、アカデミー初日(3月28日)に行なわれるムーティによる《リゴレット》の作品解説は一般の人々も聴講可能なので、レジェンドによる熱血ヴェルディ・トークもぜひお見逃しなく!
取材・文:後藤菜穂子

C)Silvia Lelli


リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」
http://www.tokyo-harusai.com/program/page_5873.html

東京・春・音楽祭ー東京のオペラの森ー
http://www.tokyo-harusai.com/

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