この歳になって、どうしても喜劇オペラを書きたくなったんですよ
今年の10月に8作目のオペラ《狂おしき真夏の一日》が初演される作曲家・三枝成彰。自身にとって初めてのオペラ・ブッファ、喜歌劇だ。
タイトルから想像されるとおり、モーツァルトの《フィガロの結婚》へのオマージュ。浮気症の医師・大石恭一は看護師エミコと愛人関係にあり、長男・太郎のフランス人の嫁フランシーヌにも色目を使う。一方の太郎もかつてエミコと関係があったらしい。ゲイの二男・次郎は新しい恋人の男性ユウキに夢中だが、そのユウキは、大石の妻・陽子の美しさにも惹かれている。親子3組のカップルのドタバタの恋愛模様。大石夫妻が《フィガロ》の伯爵夫妻、太郎とフランシーヌがフィガロとスザンナ、ユウキはケルビーノに当たる役どころだ。「喜劇は難しい! オペラは涙をこぼしてなんぼ。長い間やってきて、泣かせて感動させるのは任せておけというところなんですが(笑)。メロディではなく、オーケストレーションでどうやって面白くするかを考えています」。
その難しい喜劇オペラになぜ挑むのか。「ヴェルディなんですよ」という。
「ヴェルディの最後のオペラが、ブッファの《ファルスタッフ》。音楽的には素晴らしいものができたけれど、一般的には“当たり”とはされていませんよね。でもヴェルディも最後にどうしても喜劇を書きたかった。それと同じです」
書き下ろしの台本は作家・林真理子。そして、AKBグループでもおなじみの大物プロデューサー秋元康がオペラ演出に初挑戦する。これまでにも作家の島田雅彦や映画監督の相米慎二など、異ジャンルの才能を積極的にオペラに引っ張り込んできた三枝。「オペラのパターンをわかりすぎていない人がやったほうが面白い」とも。
林はよく知られた熱心なオペラ・ファンでもあり、《フィガロ》へのオマージュという設定も、何の説明もなしに理解してくれた。台本にある大らかな下ネタも、女性だからこそ書きやすいのかもしれない。一方の秋元は2月に行われた制作発表会見の席上、「オペラ素人に、オペラを壊せということだと理解している」と語った。しかしエンタメ界を牽引するクリエイターの眼力は、すでに作品の、オペラの本質を見抜いた仕事ぶりを発揮してくれているというから、上演が楽しみ。ちなみに、出演者は大島幾雄、佐藤しのぶ、ジョン・健・ヌッツォ、小林沙羅など演技力抜群の顔ぶれが揃った。指揮は三枝作品ではおなじみの大友直人が務める。
ところで、三枝の仕事が特殊なのは、作曲家として作品を生み出すだけでなく、制作プロデュースも手がけていること。一作あたり数億円という上演費用を集めるために、「頭を下げて」回ってスポンサー企業を探し、『ガンダム』の音楽などで得た私財も投じる。そもそもオペラを個人で上演するということ自体が尋常ではないのだ。仮に「作曲家」という肩書きを外したとして、現在の日本で、一人でオペラ上演に資金を集めることができるプロデューサーは他にいないだろう。今回もまだスポンサー集めに回っているという。
「資金が集まってからスタートしたのでは間に合わないし、いいものはできない。不見転でやらないと」
三枝自身はしかし、「オペラは19世紀で終わった。20世紀以降のオペラはその“残像”」と言い切る。その“オワコン”に傾注するのは、「好きだから。“趣味”なんです。仕事だったら借金してまでやりません」と笑う。
「現代では、とくにエンターテインメントの分野ではわかりやすいことが主流。オペラは難しいんです。だから今後もオペラがメジャーになるとは思っていません。それでいいんです。オペラを書くことは僕にとって趣味なのですから」
公式サイトには80歳超までのオペラ計画が公開されているが、完遂はできないかもしれないという。
「書くのが楽しくてしょうがない。作曲はいくらでもできます。でもね、資金集めの体力がなくなってきました(笑)」
と言いつつ、取材中にも今後のプランがどんどん出てくるし、この6月にハンガリーで上演された《Jr.バタフライ》に話題が及ぶと、「海外でこのオペラが上演されるのはイタリア語に改訂したからこそ。これまでの作品を全部イタリア語版にしたい」と意気込む。この7月で75歳になった作曲家の眼から、オペラ創作の炎が消えることはなさそうだ。
取材・文:宮本 明 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ2017年8月号より)
【Profile】
1942年生まれ。東京芸術大学卒業、同大学院修了。代表作にオペラ《忠臣蔵》、オラトリオ「ヤマトタケル」、映画『優駿』『機動戦士ガンダム〜逆襲のシャア〜』、NHK大河ドラマ『太平記』『花の乱』。2004年、オペラ《Jr.バタフライ》を世界初演。同作は06年にプッチーニ・フェスティバルで再演、話題を呼ぶ。07年に紫綬褒章を受章。08年に日本人初となるプッチーニ国際賞受賞。13年、オペラ《KAMIKAZE―神風―》を世界初演。14年、《Jr.バタフライ》イタリア語版をプッチーニ音楽祭で初演、16年、同作品を日本で初演。
【Information】
三枝成彰:オペラ・ブッファ《狂おしき真夏の一日》
台本:林 真理子 演出:秋元 康 美術:千住 博
指揮:大友直人 管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団 合唱:六本木男声合唱団ZIG-ZAG
出演 大石恭一:大島幾雄 大石陽子:佐藤しのぶ 大石太郎:ジョン・健・ヌッツォ フランシーヌ:小川里美 大石次郎:大山大輔 ユウキ:村松稔之 エミコ:小林沙羅 フミエ:坂本 朱 リサ:小村知帆
2017.10/27(金)18:30、10/28(土)14:00、10/29(日)14:00、10/31(火)18:30
東京文化会館
問:メイ・コーポレーション03-3584-1951
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