デビュー10年――今あらためて向き合うショパンの世界
東京芸大在学中に日本音楽コンクールで優勝。その後2007年に行ったデビュー全国ツアーでチケットを完売させ、一躍注目を集めた外山啓介。それから10年、彼はピアニストとして着実に歩を進め、自信と自覚を深めてきた。
この節目の年、外山がリサイタル・ツアーの演目に選んだのはオール・ショパン。それもデビュー時とほぼ同じプログラムだ。
「もともとは10周年をそれほど意識していなかったのですが、このプログラムに取り組むことで節目を実感するようになりました。10年前と作品へのアプローチをどう変えられるのか、逆に変わらないものは何なのか。大きな挑戦です」
ワルツ第1番やバラード第1番などショパン若き日の作品から、幻想ポロネーズ、舟歌という晩年の傑作まで。すでに同プログラムによるツアーは始まっているが、実際に弾いてみて「我ながら、なんて濃い内容なのだろうと思いました(笑)」と話す。
「ショパンの作品には、メロディ、和声など美しい“小さなかけら”がたくさん詰まっています。それを一つひとつ見つけ、こだわって弾くと同時に、作品全体を俯瞰しながら、それぞれの部分をどう表現するかを計算することも必要です。そのバランス感が難しい。この“小さなかけら”を探す作業には逃げ場がなく、本当に大変です。今年は僕の中でショパン熱が高まっていて、やっぱり好きな作曲家だと思いながら向き合っているのですが、きっとツアーが終わったらしばらく離れたくなるかもしれませんね」
プログラム後半には、舟歌からピアノ・ソナタ第3番という流れを用意している。
「芸大時代、師の植田克己先生が、ソナタ3番に合わせるなら舟歌だとおっしゃっていたのですが、そのときになんだかとても納得して、以来この組み合わせが大好きなのです。理由はうまく言葉にできないのですが、聴けばわかっていただけるはず。両作品には通じるものがあります」
これらふたつの作品から感じることには、最近変化があったという。
「舟歌について、この頃、こんなにも哀しい曲はないと思うようになったのですよ。暗い曲想を持つ幻想ポロネーズよりずっともの哀しい。そして3番のソナタは、子供の頃に直感的に好きだと感じて以来ずっと憧れていて、コンクールやデビュー公演など転機のたびに弾いてきた作品です。昔は表に現れる美しさに惹かれていましたが、今はその奥にある厳しさ、ショパンの古典的なものへの意識を見出すようになりました。清潔で厳しく、他を寄せつけない魅力を感じます。
実は今回、長く弾いている作品も一度まっさらなところからやり直したいと、楽譜への古い書き込みを全部消しゴムで消したのです。勇気のいることでしたが、おかげで多くの発見がありました」
作品へのアプローチだけでなく、演奏活動への考え方も、また新しい局面を迎えているそうだ。
「デビューした頃は、毎回一生懸命がんばるだけでした。今は、演奏会で伝えたいことが伝わった瞬間の大きな喜び、それに加えて、ステージに出ることへの責任の大きさ、怖さも感じています。自分が出した音はその瞬間に会場のものとなりますから、それをどう受け止めるかはお客さん次第。恐ろしい仕事ですよね。でもやっぱり楽しいし、自分にはこれしかできない。そんなことを、永遠のループのように繰り返し考えています」
今は、やりたいことを見据え、そのために何が足りないのかを冷静に分析し、また自分がピアノを弾く意味を考える余裕を持てるようになったという。
「作曲家の残したものを伝えるため、新たなことを勉強し続けなくてはと思いますし、音に対するヴィジョンがまだまだ足りないとも感じます。でも同時に、多くの方に支えられてこうして演奏を続けられて、本当に幸せだということも日々実感していますね」
デビュー10周年を記念してリリースしたアルバム『マイ・フェイヴァリッツ』も実に魅力的な内容で、リストの「愛の夢」や「献呈」はじめ、外山がアンコールでよく取り上げる作品や、ドビュッシー、ラヴェルの名作が収められている。その選曲にも、10年の活動を支えた周囲への感謝の心が表れているようだ。
取材・文:高坂はる香 写真:武藤 章
(ぶらあぼ2017年8月号より)
【Profile】
第73回日本音楽コンクール第1位。東京芸術大学卒業後ハノーファー音楽演劇大学留学を経て、東京芸術大学大学院を修了。2007年CDデビュー、その後ほぼ毎年CDをリリースし、09年『ラフマニノフ』と13年『展覧会の絵』は「レコード芸術」誌特選盤に選出されている。09年はワルシャワ国立フィル来日公演、16年はベルリン交響楽団来日公演にソリストとして参加。全国規模のリサイタル・ツアーを毎年実施、主要オーケストラとの共演も多数あり、その繊細で色彩感豊かな独特の音色を持つ演奏は、各方面から高い評価を得ている。
【Information】
外山啓介 デビュー10周年記念ピアノ・リサイタル
オール・ショパン・プログラム
ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」/バラード第1番/ノクターン第20番「遺作」/幻想即興曲/ポロネーズ第7番「幻想」/舟歌/ピアノ・ソナタ第3番
2017.9/30(土)14:00 サントリーホール
問:チケットスペース03-3234-9999
http://www.ints.co.jp/
※「外山啓介 デビュー10周年記念ピアノ・リサイタル」の全国ツアーについては下記オフィシャルサイトでご確認ください。
http://www.keisuke-toyama.com/
CD『外山啓介 マイ・フェイヴァリッツ』
AVCL-25938
エイベックス・クラシックス
¥3000+税