
取材・文:長井進之介 写真:有田周平
東京音楽大学の「TCMオーケストラ・アカデミー」は、若き演奏家たちがプロのオーケストラ奏者を目指して研鑽を積む実践の場である。年間5回の定期演奏会、個人レッスン、オーケストラ・スタディ実習、模擬オーディション、室内楽コンサートなど、多面的な教育プログラムを展開。第一線で活躍してきた指導陣のもとで学ぶ環境は、国内でも類を見ないものとなっている。今回は指導陣であり、今年10月18日に行われた定期演奏会ではソリストも務めたヴァイオリニストの荒井英治とチェリストの山本裕康の両教授に、このアカデミーの取り組みについて聞いた。
荒井 定期演奏会に向けてのリハーサルは実際のオーケストラの現場に近い方法を取りながら、分奏や合奏を重ねて丁寧に準備を進めています。
山本 プロの現場ではさまざまな作品に短期間で向き合うことになります。経験の引き出しが多いほど強いので、できるだけ幅広い作品に触れてもらうようにしています。今回の定期演奏会でもドビュッシー、プロコフィエフ、ブラームスと時代も国も異なる作品を取り上げました。

TCMオーケストラ・アカデミーの定期演奏会は日本を代表するさまざまな指揮者のもとで行われる。10月の演奏会には梅田俊明が迎えられた。筆者はその前日リハーサルを見学したが、音色づくりにこだわる姿勢をアカデミー生たちに熱い思いをもって伝えていたのが印象的であった。

荒井 指揮者の先生方からの言葉は本当に大きな財産です。それぞれ音楽の考え方も違えば、振り方も違いますし、プロの奏者になると常にさまざまな指揮者と演奏することになりますから、学生時代から多くの個性に触れることは重要ですね。
山本 今回ご出演いただいた梅田先生もそうでした。とても熱心で、必要なときには厳しく、本質的なことをはっきり伝えてくださる。学生たちにとって大きな刺激になったと思います。
荒井 指揮者が来てくださるのは定期公演の3日前からなのですが、そこで急に演奏技術が上がるわけではありません。しかし意識は大きく変わるのです。今回も2日目あたりから、学生たちの目つきが変わったなと思いました。一人ひとりの意識が変わると、オーケストラ全体の空気も変わります。音そのものの密度や集中力が変わってくるのです。それはオーケストラという集団ならではの面白さですね。

今回は指導だけでなく、ソリストとしてブラームスの「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」でアカデミー生たちと共演した二人。アカデミー生たちに最も求めていることは何なのだろうか。
山本 主体性ですね。アカデミー生たちはとても真面目です。ただ、言われるのを待つ傾向もあるように感じます。「どう弾けばいいですか」「どうしたら正解ですか」とすぐに答えを求めるのです。でも音楽に正解はありません。自分はこう思う、自分はこう表現したいという考えを持ったうえでレッスンに来てほしいのです。そのプレゼンテーションがあって初めて対話になるのですから。今回の梅田先生も、「自分から何かを提示しなければ始まらない」ということを繰り返しおっしゃっていました。本当にその通りだと思います。
荒井 自主性を育むという意味では、室内楽公演は良い効果を及ぼしてきていると思います。学生たちが自分でメンバーを集め、自分たちで選曲・練習し、本番まで作り上げます。教員はサポートしますが、基本的にはアカデミー生主体です。オーケストラ奏者になるための勉強だけでなく、このような自主的な活動が音楽家としての成長にもつながると思います。

アカデミーは開校から5年目を迎えた。トランペットやフルート、打楽器、ヴァイオリン、コントラバスなどの分野でプロオーケストラへ進んだ修了生も現れており、教育の成果は着実に実を結びつつある。
山本 もちろん修了生が活躍してくれるのは本当にうれしいことです。ただ、我々がやっているのは単なる就職支援ではありません。プロとして活躍するために必要な経験や考え方を伝え、次の世代へつないでいくことも大切だと思っています。
荒井 私たちも先輩方から多くのことを学んできました。技術だけでなく、作品との向き合い方や音楽への情熱です。その経験を若い世代に伝えていきたいですね。
山本 技術を磨くことはもちろん大切ですが、それだけではプロとして長く活躍することはできません。自分で考え、周囲と関わりながら成長していくことも大切ですね。
荒井 将来、ここで学んだ人たちが日本のオーケストラ界を支える存在となり、さらに次の世代を育てていく…そのような循環が生まれたら本当にうれしいですね。
オーケストラ奏者には個人の技術だけでなく、大人数によるアンサンブルを成り立たせるためのさまざまな能力が求められる。そのノウハウを第一線で活躍してきた演奏家たちから学べることは、このアカデミーの特筆すべき点だ。年間5回の演奏会や多彩な指揮者との共演など、プロの現場に近い経験を積めることも大きな特徴である。若い演奏家たちが成長を重ねる環境が、ここには整っている。

【次回公演情報】
TCMオーケストラ・アカデミー 第23回定期演奏会
2026.11/21(土)14:00 TCMホール(東京音楽大学 中目黒・代官山キャンパス)
出演/
野平一郎(指揮)
砂田愛梨(ソプラノ)
TCMオーケストラ・アカデミー(管弦楽)
曲目/
黄俊杰:交響曲第1番「意志と表象としての世界」
野平一郎:オペラ「マドルガーダ」から 4つの場面 〜 ソプラノとオーケストラのための、ラヴェル:バレエ音楽「マ・メール・ロワ」全曲版
問:東京音楽大学オーケストラ・アカデミー ticket-orchestra-academy@tokyo-ondai.ac.jp
https://teket.jp/g/7gb8f97r8e

長井進之介 Shinnosuke Nagai
国立音楽大学大学院修士課程器楽専攻(伴奏)修了を経て、同大学院博士後期課程音楽学領域単位取得。在学中、カールスルーエ音楽大学に交換留学。アンサンブルを中心にコンサートやレコーディングを行っており、2007年度〈柴田南雄音楽評論賞〉奨励賞受賞(史上最年少)を機に音楽ライターとして活動を開始。現在、群馬大学共同教育学部音楽教育講座非常勤講師、国立音楽大学大学院伴奏助手、インターネットラジオ「OTTAVA」プレゼンターも務める。
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