千葉県市川市に、歴史的様式による日本最大規模のパイプオルガンが完成! 11月に特別リサイタルを開催

ホール内に入ると巨大なオルガンが圧倒的なスケールで迫ってくる

 千葉県市川市の山崎製パン総合クリエイションセンター、飯島藤十郎社主記念LLCホールに、新しいパイプオルガンが完成する。3段手鍵盤とペダル、全50ストップを備え、18世紀後半の歴史的様式に忠実に製作されたこの楽器は、1776年にリトアニアの首都ビリニュスでアダム・ゴットロープ・カスパリーニが手がけた30ストップの楽器をモデルとしている。11月にはヴォルフガング・ツェラーとクシシュトフ・ウルバニアクを迎えた特別リサイタルも予定されている。完成間近となった7月に現場を訪れ、製作者の横田宗隆と、企画に携わったオルガニストの松居直美に話を聞いた。

取材・文:飯田有抄

――こちらのホールに、どのような経緯でオルガンが設置されることになったのでしょうか。

松居 もともとこちらは研修施設内に作られたホールですが、室内楽コンサートなどの音楽会も催されてきたホールです。音楽文化支援や地域振興として、地元に愛されるオルガンを導入したいということで、山崎製パンの飯島延浩社長からご相談を受けたのが始まりです。そこで横田さんをご紹介しました。

――実際に目の前にすると、かなり大きな楽器ですね。

横田 ヨーロッパでは、オルガンの大きさと設置する建物とのバランスは歴史的に決まっていて、その基準からするとかなり大きいですね。当初はモデルとする250年前の楽器と同じ30のストップ(音色を変えるスイッチのような機構)をご提案したのですが、話が進むうちに「もう少し大きくできますか」とのご要望を受けました。私が手がける歴史的様式の古楽器としてのオルガンでこの規模のものは、国内ではほとんど例がないはずです。

オルガンの設置に尽力した松居直美さん(左)と8年の歳月をかけて製作した横田宗隆さん(右)

――「歴史的様式」とは、どのようなものですか。

横田 自然の材料をなるべく手を加えずに組み上げる、およそ300年前の技術と人力による製造方法です。オルガンはパイプに風を送って音を出す楽器ですが、その送風の仕組みも違います。現代の楽器はモーターで風を起こしますが、古い楽器はたくさんのふいごを作って人力で風をためる。その結果、和音を弾いたときの風の振る舞いが、音を装飾するような効果として自然に立ち上がるのです。均質にならず、揺れのある、いわば息吹のようなものですね。

(注:ふいご装置のほかに、モーターによる送風機構も併設されている)

――松居さんは奏者として、その「息吹」をどう感じますか。

松居 鍵盤に指が触れたとき、音が呼吸するように鳴り、言葉のように響きます。演奏していても幸せな気持ちになりますね。

楽器の一番下にあるふいご室には8つのふいごがある★
オルガンは膨大な数のパーツでできている

――当初の30ストップから50ストップへの拡張で、難しかった点はありますか?

横田 まず送風を大きくする必要があるので、ふいごを6つから8つに増やしました。実際に仕上げて弾いてみるまで、風の振る舞いは誰にも分かりません。過去の経験に基づいて設計しましたが、一つ誤れば演奏に支障をきたすので重要な課題です。私がかつて長年にわたりオルガン製作をおこなっていたスウェーデンのヨーテボリ大学に6年がかりで科学的な調査を依頼したところ、当初懐疑的だった科学者たちも、シンプルに見えて実は複雑な現象があると気づき、面白がってくれるようになりました。

――実際にパイプから鳴り響く音にも、現代の楽器との違いがあるのでしょうか。

横田 何より発音が違います。リコーダーがタンギング次第で音の出方が違うように、パイプにも発音の違いが起こるのです。19世紀以降は、なめらかな音楽を求めて発音時の“子音”を消す傾向が広がりましたが、この楽器では一本一本のパイプがもともと持っている発音の特性を残しています。

大理石を模したオルガン本体表面と装飾部分に金箔を貼る
作業は、久保田チェンバロ工房の久保田みずきさんの手仕事★
楽器の内部に入ると大小様々なパイプがびっしりと並んでいる

 また、数値にとらわれてパイプの口で風圧を調整しようとすると、パイプ本来の響きを損ねてしまいます。そのため、この楽器ではふいごの風圧で整音するようにしています。そうすると、パイプ自体は自然に鳴る状態なので、音は痩せずに生き生きとしながら、音量を抑えた響きも作れるのです。

――鍵盤には北海道産の木材を、風箱には40年寝かせた楢の木を使っているそうですね。

横田 鍵盤は素早く往復運動ができるように軽いシナ材を選びました。また、風箱の楢の木は、材木屋さんが40年前に自然乾燥させて保管していたものを譲っていただきました。

オルガンのコンソール(演奏台)はテラス状になっている2階部分にある。
鍵盤の左右にあるストップは、金沢の鋳物師によって製作されたものだという

――いよいよ完成を迎え、11月には一般公開のコンサートも開かれます。今後、このオルガンを用いて演奏される中心的なレパートリーはどのような作品になるでしょうか。

松居 バロック時代のJ.S.バッハから、ロマン派中期のブラームスの作品あたりまでは、とても良い響きで弾けるはずです。とはいえ、歴史的様式だからといって弾ける曲が限られる、ということはないと思います。現代曲だから現代の楽器でなければ、ということはないはずです。さまざまな作品が、この楽器ならではの表現で演奏できると思います。

*****

 10月に関係者向けにお披露目された後、一般公開の特別リサイタルが11月に2公演開催される。6日にはハンブルク音楽演劇大学教授のヴォルフガング・ツェラー、21日にはクラカウ音楽大学教授のクシシュトフ・ウルバニアクが登場し、それぞれマスタークラスや特別講演も行われる。リサイタルは、ブクステフーデやバッハといったバロックのレパートリーはもちろん、メンデルスゾーンのオルガン・ソナタや20世紀のジャン・アランなどの作品も紹介される、聴き応えのあるプログラムだ。松居さんは「若い人たちにぜひ来てもらいたい」と話す。横田さんによれば来年1月、2月にはすでに演奏の予約も入っているそうで、「これまでになく、安心して使える大きな歴史的様式の楽器ですので、早速声がかかっています」という。

 この楽器を理想的な響きで鳴らすには、最低でも5人の手が必要だという。演奏するオルガニストだけでなく、ふいごを踏む人やストップを操作する人も一体となって音楽を紡ぐ。300年前の技術と現代の科学的知見が結び合ったこのオルガンは、地域に根ざした音楽文化の拠点として、多くの奏者や聴き手に触れられていくことになりそうだ。

(ぶらあぼ2026年7月号の拡大版)

写真 ★印=協力:オフィス山根 無印=編集部

◎パイプオルガン 特別リサイタル I ヴォルフガング・ツェラー
2026.11/6(金)19:00 山崎製パン総合クリエイションセンター 飯島藤十郎社主記念LLCホール(千葉県市川市)


D.ブクステフーデ:トッカータ ヘ長調 BuxWV 156
J.S.バッハ:前奏曲 ニ短調 BWV 877.1、フーガ ニ短調 BWV 853.2
H.シャイデマン:カンツォーナト長調 WV 74
P.ブルーナ:第1旋法による、右手と中声部の2つの高声部のためのティエント
J.S.バッハ:パルティータ《喜び迎えん、慈しみ深きイエスよ》BWV 768
G.ムッファト:《オルガニストの練習帳》よりトッカータ 第10番
J.ブラームス:インテルメッツォ op. 116-4
J.S.バッハ:ソナタ ニ短調 BWV 527
J.アラン:ファンタジー 第2番 JA 117
J.S.バッハ:トッカータとフーガ ヘ長調 BWV 540

◎パイプオルガン 特別リサイタル II クシシュトフ・ウルバニアク
2026.11/21(土)19:00 千葉/山崎製パン総合クリエイションセンター 飯島藤十郎社主記念LLCホール(千葉県市川市)


J.S.バッハ:ピエス・ドルグ BWV 572
C.P.E.バッハ:ソナタ ト短調 Wq70/6 H87
F.C.モールハイム:《我らの神は堅き砦》《トリオ イ長調》
J.S.バッハ:《主なる神、われらと共にいまさずば》BWV 1128
F.C.モールハイム:トリオ ト短調、《尊き神の統べしらすままにまつろい》
D.M.グローナウ:《主はわがまことの牧者》
J.S.バッハ:《音楽の捧げもの》BWV 1079より「3声のリチェルカーレ」
F.メンデルスゾーン:オルガン・ソナタ ハ短調 op.65 Nr.2
J.S.バッハ:トッカータ ハ長調 BWV 566a

問:オフィス山根 contact@officeyamane.net
https://officeyamane.net

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11/5(木)14:00-18:30 ヴォルフガング・ツェラー マスタークラス
11/18(水)18:00-20:00 クシシュトフ・ウルバニアク 特別講演
11/20(金)14:00-18:30 クシシュトフ・ウルバニアク マスタークラス