
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
スポーツの名門校に響く吹奏楽の音
大学を思わせる広大なキャンパス。サッカー部や野球部の元気な声に交じって、管楽器や打楽器の音が校舎にこだまする。
吹奏楽部の練習場から聞こえてくるその響きは、数ヵ月前に比べて活気と輝きを増していた——。
今年のサッカーW杯で活躍を見せた小川航基や元日本代表の中村俊輔、メジャーリーガーの松井裕樹らを輩出した桐光学園中学校・高等学校。スポーツの名門として知られているが、東大合格者を出す進学校の顔も持つ。

学校は緑豊かな神奈川県川崎市麻生区にある。都心へのアクセスがよく、文化・芸術施設も充実したエリアだ。
吹奏楽部は、大学受験に備える高3を除き、中1から高2までが一緒に活動。これまでコンクールには高校生を中心に、中学生も加わった混成チームで高等学校の部に出場してきた。
そんな桐光学園にいま、大きな「地殻変動」が起こっている。
横浜市立保土ケ谷中学校吹奏楽部を東関東吹奏楽コンクールに4回(金賞2回)導いた山田康二先生が、今年度から顧問に就任。同部を9年間指導してきた井上拓也先生が高校生チームを、山田先生が中学生チームを率いて、それぞれコンクールに出場することになったのだ。
中学生単独でのコンクール出場は学園創設以来初めてのこと。少子化で学校数が減っている中、新たにコンクールに参加するという団体は非常に珍しい。

井上先生は桐光学園に起こった変化についてこう語る。
「中学生のみのコンクール出場は、高校生の部員たちにもいい刺激になるでしょう。中学生には勢いを感じますし、中高の相乗効果になればと思っています」
山田先生も新天地での挑戦に意気込んでいる。
「桐光学園の中学生たちは、コンクール事情も何も知らない。だからこそ、吸収力がすごいし、怖いもの知らずで伸びしろが大きいんです」
井上先生と山田先生はともに37歳で、物理の教諭。共通点の多いふたりのタッグが「地殻変動」の原動力になっている。
もともと桐光学園は部活動に力を入れている学校で、中高合わせて約3000人の生徒が49ものクラブで活動している。その中で、いままさに吹奏楽部の存在感が増しつつあるのだ。
新しい日々が始まる!
吹奏楽部の今年度の部員数は112人。高校生が57人、中学生が55人で、それぞれがA部門(大編成)で挑めるだけの規模になっている。

とはいえ、桐光学園の中学生たちは、まさか自分たちがコンクールに出ると思っていなかった。中学生の副部長でクラリネット担当の小林莉緒(中3)はこう語る。
「いままでコンクールに出たこともないし、ただ気楽に、何の目標もなく活動をしていました。コンクールは高校生のもので、『私も来年になったら出られるのかな』なんて思っていました」
ところが、山田先生が顧問に就任すること、中学生だけでコンクールに挑戦することがわかった。莉緒は言う。
「話を聞いたときは不安でしたね。私は中学生の副部長ですが、実はリーダーの役割は部長に任せられるとのんきに構えていたんです。でも、部長は高校生たちとコンクールに出ることになって。私が中学生のトップとしてコンクールに挑むことになり、責任を持ってやらないといけないな、と思っています」
莉緒の生活は一変した。高校生や部長に頼っていた日々は終わり、自分がみんなを率いていかなければならない。みんなと山田先生との間に入り、調整役もする必要がある。
自然と責任感が芽生え、考え方や行動も変わってきた。
「大変だなとも思いましたが、『新しいことが始まるんだ』っていうワクワク感があります。すごく忙しくなりましたけど、もう大変さに慣れ始めています」
ドラマの登場人物になったみたい
学生指揮者でフルート担当の田村彩瑛(さえ)(中3)は、最近ショパンの《ピアノ協奏曲第1番》を毎日のように聴いているという感性豊かな部員だ。

そんな彩瑛はいま、吹奏楽部の変化に胸を躍らせている。
「山田先生が来てからの1ヵ月はものすごく濃かったです。最初は『新しい先生だし、コンクールに出るっていうし、新年度どうなっちゃうの!?』とパニックになりました。でも、いまは『私たちの代でドラマができそう』と思うくらい楽しみだし、まるでその中の登場人物になったみたいです」
莉緒同様、彩瑛もまだコンクールに出場したことがない。昨年は打楽器の搬入補助員としてコンクールに出る高校生たちに同行した。
「舞台裏で待機していると、いろいろな高校が来て、それぞれの思いを背負って本番の臨む様子が見られました。桐光学園の先輩たちが精いっぱい演奏する姿を舞台袖から見守ることができたのもいい経験になりました」
桐光学園の高校生は地区大会を突破したものの、県大会の審査結果は銅賞だった。
「私からしたら憧れの先輩たちだし、いい演奏だったと思ったんですけど、2年連続の銅賞で。泣き崩れている先輩たちの姿を見て、コンクールの厳しさを感じました」
そんなコンクールに、中学生だけで出る。自分たちが主役のドラマがスタートしたのだ。
すでに課題曲は伊藤康英作曲《管楽器のためのフィナーレ》、自由曲は福島弘和作曲《桜華幻想〈コンポーザーズ・カット・エディション〉》と決まり、練習も始まっている。彩瑛は言う。
「《桜華幻想》は知らない曲でしたが、フルートの楽譜をもらったらソロが2ヵ所あるのがわかって、責任重大です。和のイメージのある曲なので、フルートは篠笛のように雰囲気を引き立てる役割。それでいてみんなが主役になれる曲です」
山田先生は、ひたすら練習に取り組ませるだけでなく、部員たちをプロ吹奏楽団のコンサートなどに連れていった。良い音楽を聴くという経験は、部員たちの耳を鍛え、心を豊かにし、理想とすべき音を植えつける。また、演奏へのモチベーションも高まる。

山田先生は目を細めながらこう語った。
「中学生たちは行動も素早くなり、積極性も出てきています。また、個々が楽器と向き合って黙々と練習するようになりました。やる気に満ちている感じですね」
後輩たちを見守る高校生部員の思い
一方、そんな中学生たちの変化を高校生たちはどう見ているのだろうか。
高校生の部長でパーカッション担当の竹内結海(ゆうみ)(高2)は言う。
「これまで中学生が主体となって活動してきたことはないので、きっと戸惑うことも多いと思います。そんなときは、高校生を頼りつつ、いい演奏を目指してほしいです」
副部長でオーボエ担当の安藤悠夏(はるか)(高2)は、変化のうねりの中にいる中学生を気遣う。
「生活にも大きく変わってきていると思いますけど、自分たちがこうしたいと思う活動や音楽を全力で、楽しみながらやってもらえたらと思っています」
インスペクターでトロンボーン担当の三田一輝(高2)は、昨年初めてコンクールの舞台に立った経験を踏まえ、こう語る。
「ステージでは大会ならではの緊張感やみんなの集中力を感じ、『これがコンクールか!』と思いました。井上先生の指揮に全員が集中して演奏するのは楽しい経験でした。中学生たちには、良い結果を目指すのはもちろん、、全力を出せたと思う大会にしてほしいですね」

学生指揮者でクラリネット担当の森田優菜(高2)は、公立中学を卒業後に高校から桐光学園に入った外進生だ。
「最初は内進生の人たちとの関係がぎこちなかったですが、コンクールを通じて仲良くなれました。中学生たちもコンクールで関係が深まると思いますし、ぜひ練習や本番を楽しんでほしいです。個人の技術だけでなく、まわりの音を聴いて合わせること、みんなで協力することを大切にしてほしいですね」
いよいよ始まる「熱い夏」の物語
中学生たちの変化が高校生たちにも刺激を与え、部活全体が「地殻変動」を起こしている桐光学園。その活発な動きは、きっと近隣の学校や地域にも良い影響を及ぼすだろう。
彩瑛は初出場するコンクールの目標をこう語った。
「まさか中学生のうちにここまでバチバチに部活をするとは予想もしていませんでした。でも、出るからにはいい演奏を観客や審査員に届けたい。コンクールで勝ち抜けばたくさんの人に聴いてもらえるので、できる限り上の大会に進みたいです。そのためには、諦めずに最後までやり切ろう、とみんなで決めました」
できる限り上の大会——それがどこまで続く旅になるのかはわからない。しかし、無限大の可能性を秘めた中学生たちはこの夏、先生たちや高校生たちに見守られ、支えられながら、唯一無二の「ドラマ」をつくり出してくれるはずだ。

『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス
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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)
世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。

