
砂時計の砂が減り、もうすぐ尽きる。東京交響楽団の音楽監督ジョナサン・ノットの実り多き日々は、いよいよ残り少ない。今シーズンの選曲が、これまでの東響との共演の思い出を、鏡に映して眺めるようなものになっているのも、惜別の情をかき立てる。
フランス音楽を集めた特別演奏会のメインとなる、ラヴェルの歌劇《子どもと魔法》の演奏会形式上演もその一つだ。「オーケストレーションの魔術師」ラヴェルが音で描く、生命を得て動く家具や茶碗、夜の庭に息づく虫や動物たち。そこには形あるもの、生あるものを愛おしんで慈しむ、深い愛情がある。
大がかりな舞台装置のないコンサートホールでも、生命力と色彩にみちたオーケストラの響きがドラマを感じさせ、場面を想像させることは、これまでにノットと東響が演奏した、モーツァルトやリヒャルト・シュトラウスのオペラの演奏会形式上演が証明してきた。今回は、その完結編である。主役の子どもを歌う小泉詠子はじめ、日本の歌手たちの熱演にも期待したい。
同時にこの《子どもと魔法》は、ノットが初めて東響を指揮した2011年の演奏会で取りあげた、同じ作曲家の「ダフニスとクロエ」に照応するものともなっている。今回はそのときに演奏されたドビュッシーの「シレーヌ」の再演に加え、デュリュフレの「3つの舞曲」が新たなサイドディッシュとなる。
フランス音楽のエスプリを堪能する、心地よい午後がやってくる。
文:山崎浩太郎
(ぶらあぼ2025年11月号より)
東京交響楽団 特別演奏会
ラヴェル:歌劇《子どもと魔法》(演奏会形式/フランス語上演/日本語字幕付き)
2025.11/15(土)14:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:TOKYO SYMPHONYチケットセンター044-520-1511
https://tokyosymphony.jp
他公演
2025.11/16(日) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール(025-224-5521)
※公演により出演者が異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

山崎浩太郎 Kotaro Yamazaki
1963年東京生まれ。演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(以上アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。
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