リコーダー奏者・辺保陽一が知られざる17世紀英国音楽を集めたアルバムをリリース

 世界的にプロ奏者が多く活躍するリコーダー。小学生でも扱える簡便さは“沼の入り口”でしかない。バルセロナとチューリヒで研鑽を積み、テーマ性の高い演奏活動やレッスンを通じリコーダーの魅力を発信し続ける辺保陽一の新譜『英国革命』は、音楽史の裏糸ともいうべき英国17世紀に光を当てつつ、リコーダーが他の楽器と共にどれほど豊かな音楽を紡ぎ得る楽器か再確認できる充実の内容に仕上がっている。

 「17世紀は世界的な激動の時代。市民革命に揺れた島国イングランドの音楽は留学時代から追っていました」と辺保は語る。若い世代の日本の古楽器奏者たちも近年この分野で続々実績をあげているが、彼の試みはずっと早くから周到に用意されていた。

 「鍵盤の加久間朋子さんとは10数年前にほぼ同選曲で演奏会をしました。お互い長く取り組んできた領域ですが、17世紀音楽は即興の比重が大きくて……ようやく最近、自分の技量が満ちてきたと実感でき、録音に踏み切りました」

 機知に富んだ即興は辺保と加久間の妙技のみならず、多忙なベルギーの名手トーマス・バエテのヴィオールにも発揮されている。

 「テイクごとに誰かが違うことをやっている。編集も一苦労ですよ(笑)」

 選曲の妙にも注目したい。

 「英国古楽は意外に楽譜が公開されていないんです。古楽器奏者たちでさえ、今でも20世紀中盤に英国で始まった古楽出版譜シリーズにある有名な曲ばかりを演奏しているくらい。それ以外の曲を、可能な限り集めて盛り込みました」

 リコーダーでの英国17世紀アルバムといえば、辺保のバルセロナの師ペドロ・メメルスドルフもDHMレーベルに1枚録音している。だが辺保の録音は作曲家こそ重なるにせよ収録曲はほぼ全く別で(唯一の例外「腹黒い“からかい”」も完全に個性が違う演奏だ)、選曲理念も大きく異なっている。

 「彼の単なる後追いは避けたくて。そこで考えたのが、各作曲家の作品を組曲形式でまとめ対置するプログラムです」

 試行錯誤の賜物か、急激な革新の中で残り続ける英国特有の気風も浮き彫りになってくる。古風なガナッシ・モデルの楽器から流れ出る音は聴くほどに細かく多彩で、その表現力はかのF.ブリュッヘンの共演者たる伝説的名手ケース・ブッケも感嘆の声を寄せているほどだ。

 「ぼくにとってリコーダーは“手段”でしかないんです。古楽を生業にする我々は学びが必要ですが、聴く人が楽器の種類も古楽か否かも関係なしに“この音楽、いいな”と純粋に感じてもらえるように。そう志しています」

 音量や環境を変えながら、じっくり深い発見の喜びを実感できる……そんな充実の内容がここに詰まっている。

取材・文:白沢達生

(ぶらあぼ2025年11月号より)