ショパンコンクール1次予選を振り返って

高坂はる香のワルシャワ現地レポート 第2回

取材・文:高坂はる香

 10月3日から5日間にわたって行われたショパンコンクール1次予選。結果発表はいつものように遅くなるのだろうとばかり思っていたら、事前に予告のあった午後11時の予定時刻ぴったりにスタート。
 84名のコンテスタントのうち、2次予選に進む40名の名前が発表されました。

1次予選結果発表の様子 ©Haruka Kosaka

◎2次予選進出者 アルファベット順
1. Piotr Alexewicz ピオトル・アレクセヴィチ(ポーランド)
2. Jonas Aumiller ヨナス・アウミラー(ドイツ)
3. Yanyan Bao バオ・ヤンヤン(中国)
4. Kai-Min Chang チャン・カイミン(台湾)
5. Kevin Chen ケヴィン・チェン(カナダ)
6. Xuehong Chen チェン・シュエホン(中国)
7. Zixi Chen チェン・ズーシー(中国)
8. Yubo Deng デン・ユーボ(中国)
9. Yang (Jack) Gao ガオ・ヤン(ジャック)(中国)
10. Eric Guo エリック・グオ(カナダ)
11. Xiaoyu Hu フー・シャオユー(中国)
12. Zihan Jin ジン・ズーハン(中国)
13. Adam Kałduński アダム・カウドゥンスキ(ポーランド)
14. David Khrikuli ダヴィド・フリクリ(ジョージア)
15. Shiori Kuwahara 桑原志織(日本)
16. Hyo Lee イ・ヒョ(韓国)
17. Hyuk Lee イ・ヒョク(韓国)
18. Kwanwook Lee イ・クァンウク(韓国)
19. Tianyou Li リ・ティエンヨウ(中国)
20. Xiaoxuan Li リ・ シャオシュエン(中国)
21. Zhexiang Li リ・ジェーシャン(中国)
22. Eric Lu エリック・ルー(アメリカ)
23. Philipp Lynov フィリップ・リノフ(中立個人参加)
24. Tianyao Lyu リュー・ティエンヤオ(中国)
25. Ruben Micieli ルーベン・ミチェーリ(イタリア)
26. Nathalia Milstein ナタリア・ミルステイン(フランス)
27. Yumeka Nakagawa 中川優芽花(日本)
28. Vincent Ong ヴィンセント・オン(マレーシア)
29. Piotr Pawlak ピオトル・パヴラック(ポーランド)
30. Yehuda Prokopowicz イェフダ・プロコポヴィチ(ポーランド)
31. Hao Rao ラオ・ハオ(中国)
32. Anthony Ratinov アンソニー・ラティノフ(アメリカ)
33. Miyu Shindo 進藤実優(日本)
34. Gabriele Strata ガブリエーレ・ストラータ(イタリア)
35. Tomoharu Ushida 牛田智大(日本)
36. Zitong Wang ワン・ズートン(中国)
37. Yifan Wu ウー・イーファン(中国)
38. Miki Yamagata 山縣美季(日本)
39. William Yang ウィリアム・ヤン(アメリカ)
40. Jacky Xiaoyu Zhang ジャッキー・シャオユー・チャン(イギリス)

 日本からは、桑原志織さん、中川優芽花さん、進藤実優さん、牛田智大さん、山縣美季さんの5名が通過。エリック・ルーさん、イ・ヒョクとヒョ兄弟、ハオ・ラオさんという過去のファイナリスト再挑戦組、あちこちで優勝続きのケヴィン・チェンさんなどなど、おなじみの海外の顔ぶれも通過しています。

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 さて、改めて1次予選を振り返ります。
 今回の1次予選の課題曲には、細かいけれどじわじわと影響のありそうな変更が加えられています。2曲が必須だった「エチュードが1曲」となり、「ゆるやかなノクターンまたはエチュードを1曲」、「バラード、舟歌、幻想曲から1曲」、そしてここが大きな変更で、「ワルツ op.18、op.34-1、op.42から1曲」が加わりました。

 曲の選択肢がぐっと狭まっていたので、同じ曲が演奏されることも多く、聴き比べもより興味深かったのではないでしょうか。
 そして思った以上にピアニストの印象を左右していたのが、新たに1次で演奏することになったワルツの課題です。ご存知の通りショパンのワルツには、明るく華やかなものと、抒情的で憂いを帯びたものがありますが、選択肢となっている指定の3曲はいずれも明るく華やかな「陽」タイプのワルツ。ただしそこはショパン、シンプルにただ明るい曲というわけでもありません。
 ピアニストにも陽と陰、それぞれを得意とするタイプがいると思いますが、ショパンの作品には「陰」系が多く、避けようと思えば明るい系を避けることもできるでしょう。しかし今回はワルツが指定されていることで、はじめから強制的にこの「陽」系の曲を演奏する必要があり、これを一つの難関に感じていた人もいたようです。しかしそんな表面上「陽」に見えるワルツにも、いろいろなタイプがあったのが興味深かったところ。

牛田智大 ©Haruka Kosaka

 今回、1次予選の演奏順が「T」からということで、初日昼の部の3番目に登場することになった牛田智大さん。スタインウェイのピアノ、序盤は少し音が固いかなと感じましたが、徐々に華やかさを増し、ワルツ op.42で花開いた印象。瀟洒だけれどどこか渋いところが牛田さんらしい。最後に置いた「舟歌」は、晩年のショパンが胸に抱いた憧れと苦しみ、自分の人生もっとやりたいことあったのに!という心の叫びが聞こえてくるようでした。陰のエモーションや静の表現がお得意。
 落ち着いた様子に見えましたが、「前回もそれなりに緊張していたけど、今回はより一層の緊張感で余裕がない感じだった」とのこと。相当なプレッシャーを抱えての再挑戦で、2次予選に進出です。

 ちなみに演奏順について、前回の記事で、2次のスタートのアルファベットの文字が「6文字」ずれる件について、NIFCの記事の例に従うと次は「A」からと書きましたが、実際には「Z」からでした。お詫びして訂正いたします。
 …というわけで、牛田さんの2次予選の演奏順は、一気に最終日夜の部に移動します。

山縣美季 ©Haruka Kosaka

 同日夜に登場した山縣美季さんは、まずその素敵なドレスで目を引きました。フランスのオペラ歌手が日本で手に入れた古い着物をドレスに変えたもので、山縣さんはパリで購入したそう。
 全てのフレーズを丁寧に慈しみながら演奏していることが伝わる演奏。バラード第4番では、Shigeru Kawaiのピアノのポテンシャルを最大限に引き出しながら多彩な音を鳴らしていて、ピアノが喜んでいるように見えます。同じピアノでも弾く人によってはまったくそうは感じられないので、とてもおもしろいところ。op.42のワルツはその朗らかで明るいキャラクターがそのまま反映したような華やかさ!
 「ピアノを信頼し切って、本番でもいろいろ試しながら演奏できた」と山縣さん。2次予選に進出です。

桑原志織 ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 3日目夜の部の最後に演奏した桑原志織さんは、“コントラストが感じられるような曲順にした”ということで、op.25-11のエチュードから始めて、ノクターン op.9-3、ワルツ op.34-1、そしてバラード4番というプログラミング。この曲順も人によってそれぞれで、指が温まった頃にエチュードを弾くようにしているらしい人もいれば、桑原さんのように最初からパリッと鮮やかに「木枯らし」をキメるピアニストもいます。
 彼女の品格、風格が存分に生かされた、雅で生き生きとしたワルツ、最後は緻密にドラマを描くバラード第4番で締めて、会場を大いに沸かせました。
 ちなみに私が時々会場で立ち話をするポーランド人の音楽愛好家のおじさんは、数日前「俺は愛国主義者だからポーランド人を応援する」と言っていたのに、この翌日に会ったらすっかりシオリ・クワハラファンになっていました。愛国心をも揺るがす魅力!

中川優芽花 ©Haruka Kosaka

 最終日、昼の部の最初に演奏した中川優芽花さんは、あたたかい夢を見ているようなノクターン op.62-1に始まるプログラム。op.34-1のワルツは、得意の“優芽花節”炸裂という感じ。自由で即興的、心が躍るような演奏で、まさに「陽」のワルツの魅力たっぷり。最後はバラード第3番を華やかに聴かせました。
 そして演奏後の舞台裏では、楽譜を広げて先生と熱心に話し合う姿が印象的でした。それも次のプログラムではなく今弾いた演奏について振り返っていた模様。一つ一つの本番が、音楽家としてのステップアップにつながってゆくのですね。2次予選に進出です!

進藤実優 ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 そして長かった5日間の1次予選、最後のセッションに登場した進藤実優さん。しなやかな体のバネを駆使して弾かれる生き生きとしたワルツ op.34-1は、クルクルと回転する優美な踊りが目に浮かぶよう。バラード第4番は静かに揺れる湖面が見えたり、柔らかく膨らむ音楽が溢れ出す気持ちを表現したりと、詩的な演奏。高い集中力とともに弾き切って、二度目のショパンコンクール、2次予選に駒を進めました。

ケヴィン・チェン ©Haruka Kosaka

 さて、2次予選に進んだ海外勢の中で、この「陽と陰」テーマで言及したいコンテスタントが二人います。
 まずはカナダのケヴィン・チェンさん。これまで、彼が優勝したジュネーヴコンクール、ルービンシュタインコンクールと演奏を聴いてきて、個人的にはどちらかというと、朗らかでのびのびした、とにかくよく弾けるピアニストというイメージを持っていました。
 あれから2年半、現在20歳。今回は、ノクターン ハ短調 op.48-1、ワルツ 変ホ長調 op.18、エチュード 嬰ト短調 op.25-6、幻想曲 ヘ短調 op.49という、ワルツ以外はとにかく暗い選曲。するとそれが見事にはまり、そのきめの細かい音で奏でられる悲しみのドラマが、心に沁みる…。
 ご本人曰く、この op.48-1のノクターンがお気に入りで、選択肢にあるのを見つけたからぜひ弾こうと決め、そこから選んだら自然とこれらが集まってきた、とのこと。「ダークな部分はショパンの重要な要素だから大切に表現した」と話していました。

 もう一人は、2015年のショパンコンクールで第4位に入賞し、10年ぶりの再挑戦となるエリック・ルーさん。今回はファツィオリのピアノを選んでいます。
 低音を響かせながら奏したノクターン 嬰ハ短調 op.27-1は、漆黒に輝く夜の音楽。続くop.42のワルツで束の間浮上しますが(でもどこかアンニュイな雰囲気)、エチュード ロ短調 op.25-10、そして訥々と語るようなバラード第4番 ヘ短調と、ショパンの暗く美しく輝く世界に没頭するようなステージです。最初は気になっていた「どこから持ってきたのかな」という背もたれ付きの椅子への違和感も忘れるほどでした(前回は普通のピアノ椅子を使っていたと思いますが、この10年で演奏の姿勢、体の使い方などを変えたのかもしれませんね)。
 彼もまた大変なプレッシャーの中での出場だと思いますが、無事に2次に進みました。

 一方で、とても魅力的な演奏をしていたその他の日本勢…小林海都さん、京増修史さん、西本裕矢さん、小野田有紗さん、島田隼さん、東海林茉奈さん、山﨑亮汰さん、そして最年少15歳、しかもベヒシュタインを選択していた2名のうちの一人ということで注目されていた中島結里愛さんは、次のステージへの進出がならずとても残念でした。しかしそれぞれがとても個性的で、はっきりとした印象を残したと思います。

 先日のフィルハーモニーホールからのライヴ配信で、ポーランド人評論家のポピス氏が「今や日本には、ヨーロッパで学び、ショパンコンクールに入賞して日本で教えているピアニストがたくさんいることで、日本のショパンの美学が確立されたと感じる」と話していましたが、まさにその通りなのかもしれません。
 “層の厚さ”と“明確な個性”から、日本のピアニストたちも大きく変化しているということを実感させられました。

 2次予選は10月9日〜12日の4日間。前述の通り、一人目の奏者がZのJacky Zhangさんに移り、現地時間の朝10時(日本時間17時)からスタートします。

Chopin Competition
https://www.chopincompetition.pl/en


【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール

第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール

出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


高坂はる香 Haruka Kosaka

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/