TCMオーケストラ・アカデミー音楽監督 尾高忠明インタビュー
「最高の指導陣とともに、本物の音楽を伝えていきたい」

尾高忠明 ©︎Shuhei Arita

 東京音楽大学付属オーケストラ・アカデミー(通称:TCMオーケストラ・アカデミー)をご存じだろうか。
 プロ奏者をめざす若手奏者が実地のレベルの演奏を学び、体験する場となるのがアカデミーで、東京音楽大学は中目黒・代官山キャンパスのTCMホールを拠点に活動している。年5回の演奏会を行い、尾高忠明を音楽監督に迎えたことで、いま注目のアカデミーとなっている。

 7月、本インタビュー前に、尾高指揮のアカデミー公演のリハーサルを見学したが、本拠のTCMホールのすばらしさ、アカデミー生の水準の高さ、教授陣のたいへんな豪華さと熱気、そしてマエストロの指導とコメントの数々、すべてに圧倒された。同アカデミーに打ち込む思いをマエストロに語ってもらった。

—— TCMオーケストラ・アカデミーの目的や特色は何でしょうか?

 いま日本のオーケストラのレベルは非常に上がっていて、僕が指揮を始めた頃とは雲泥の差です。日本中どこのオケもすばらしいし、人が揃っている。そうすると若い人は学校を卒業しても就職先がない。本当になかなか入れない。その間何もしないでいると、どんどん鈍ってしまう。そのため、卒業後の過ごし方として、アカデミーというのは大事な存在です。桐朋学園のアカデミーが富山にありますし、N響アカデミーもあるし、学校を出てからプロオケの職に就くまで、より高めてもらうことが大事なのです。

—— ホームページにこのTCMホールを絶賛するコメントが載っています。

 TCMホールは中目黒の宝です。このホールのことを、もっと皆さんに知ってほしいんです!すばらしいホールで大好きです。このアカデミーは室内オーケストラで、このくらいの編成がちょうどいい音がします。

 去年まではこのアカデミー演奏会はあまり知られていなくて、僕は「とにかく近所の人たちに一度聴いてもらおう、そうすれば絶対また来てくれるようになるから」と言いました。中目黒の人たちに「ここに来たらこういう音楽が聴ける」という周知ができたら変わりますよ。他のホールまで行かなくてもここでいいんだとなってほしい。

 練習の場としてもとてもやりやすい。ホールが僕たちを包んでくれるというのか、自然に一体感が出てくる。アカデミー生たちはここで練習も本番もできるんだから、最高ですよね。

尾高音楽監督も絶賛するTCMホールは内観も美しい ©︎Shuhei Arita

 この回のプログラムはブラームスの「悲劇的序曲」と交響曲第2番。取材の日はリハーサル初日で、尾高は交響曲を振り始める前に、作品についてアカデミー生たちにスピーチした。プロオケでは見られないことだが、マエストロの「伝えること」への思いは特別なものだった。

 齋藤秀雄先生は「いい指揮者になりたかったらあんまりしゃべらないこと」と言っていましたけど(笑)。でもやっぱり、作曲家の背景や心情とかを共有してから始めると、全然違う音が出てくるんですね。今年のメンバーは初めて振ったわけですが、僕が考えているブラームスはこうだっていうことを先に話しておくと、最初のスタンスが変わってきます。僕はいつも話をするわけではありませんが、今日みたいなときは全体がブラームスについて共有しているかどうかが大切なので、お話をしました。

 僕は77歳になりました。指揮者になろうと決めてから、齋藤先生をはじめ、N響では楽員から、サヴァリッシュさんとかマタチッチさんとか、ヨーロッパではスワロフスキーさんといったマエストロたちから、多くのことを教わりました。当時はそういうものかと鵜呑みにするだけだったわけですが、長年やってくると、教えていただいたものが本当にそうだったんだと実感できてきます。いまは僕なりに分かってきたことを、ちゃんと言葉で教えて、伝えていきたい。

リハーサルは本番さながらの緊張感 ©︎Shuhei Arita

—— 今回ブラームスを取り上げた狙いは?

 僕が最初にアカデミーを振ったのは2年前で、オネゲルとベートーヴェンの交響曲2番という難しいプログラムでしたが、本当に感動的な演奏をしてくれました。それでさらに楽しみになり、去年はメンデルスゾーンの序曲とシンフォニー、今回はブラームスをぜひということになりました。ブラームスはロマン派ですが、新古典主義的できっちりしなければいけないし、歌心もないといけない。しっかりしていて、でもロマンティック、というのは若い人たちには結構難しくて、すごく勉強になるはず。アカデミー生たちは話した途端にオケの音が変わるし、いい音になった時には嬉しそうな顔をしている。こういうのがいいんですよね。

 リハーサルでインパクトが大きかったのは、超のつく豪華指導者陣。宮本文昭、四戸世紀、山口裕之、店村眞積、山本裕康、百武由紀、星秀樹、相澤政宏、岡崎耕治、水野信行、菅原淳、久保昌一——この数十年の音楽界を支えたトップ奏者たちが初日のリハーサルに集まり、舞台や客席から見つめて、合間に指導するのだ。この壮観な顔ぶれが無心に熱心に指導する姿こそ、このアカデミーの無二の特色だろう。

宮本文昭 ©︎Shuhei Arita
店村眞積 ©︎Shuhei Arita
百武由紀 ©︎Shuhei Arita
岡崎耕治 ©︎Shuhei Arita

—— すごい先生たちが、経歴とかルーツとかに関係なく集まっていて驚きました。

 世の中全体がそうなるべきですよね。どこの学校かではなくて、どんな先生がいるかが最も大切なことです。そしてここにはすばらしい先生たちがいます。最初にお誘いを受けたときにも、この顔ぶれは凄いなと驚いたほどです。スタープレイヤーたちがこぞって教えてくれるのは、アカデミー生にとって特別にうれしいことで、これ以上ない環境でしょうね。

 何かあればすぐ先生が教えに行ってくれて、音が変わる。オケにとって大事なのは、自分たちの演奏がよくなっていくのを実感できること。ここには勉強したいという熱意ある人たちが集まっていて、最初からやる気満々。積極性があって、物怖じもしない。怒られないようにする人が多くなった中で、ここでは教えやすいですね。

 最近、桐朋のアカデミーでブラームスをやったとき、N響から何人も来ていました。そこで僕はいろんな話をしたんですが、最後の日にN響メンバーが僕の部屋に来て、なんと「ああいう話をN響でもしてください」と(笑)。「そういう話を自分たちは聞いたことがなかった、感動しました」と、N響の中堅くらいの奏者がいうんです。僕も自分の歳を考えると、今のうちに話しておかないとな、と思ったわけです。それこそ秋山和慶先生が亡くなられて、自分で伝えられる間は伝えなきゃいけないと。

 いまのところ、TCMアカデミー公演は序曲と交響曲の2曲といった短めの演目だが、いずれ長いものにするべきか、協奏曲をやるべきか、と検討しているという。
 「若いプレイヤーに難しいのは、協奏曲のオーケストラ。協奏曲に慣れているプロオケに入ると、コンチェルトで真っ青になる。実際にソリストと一緒にやって、いい経験を積むしかない」と語り、アカデミーの次のステップも考えている。「中目黒の人たちはみんなTCMホールでこのオケを聴いたことがある、としていきたいんです!」というマエストロの思いが、東京音大と若きプレイヤーたちを動かしていく。

充実の本番を終えて ©︎Shuhei Arita

取材・文:林昌英

提供:デロイト トーマツ x TCMオーケストラ・アカデミー
   未来の音楽家育成プロジェクト

東京音楽大学 TCMオーケストラ・アカデミー
第16回 定期演奏会

2025.9/28(日)14:00 TCMホール(東京音楽大学 中目黒・代官山キャンパス)

出演
出口大地(指揮)
東京音楽大学 TCMオーケストラ・アカデミー

プログラム
スメタナ:「わが祖国」より〈モルダウ〉
ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 op.88

問:東京音楽大学オーケストラ・アカデミー tcm-oa@tokyo-ondai.ac.jp
https://teket.jp/g/7gb8f97r8e