
セミファイナルに室内楽の課題が新設
文:飯田有抄
今年もまた、若いピアニストたちの熱い闘いの季節がやってきた。「ピティナ・ピアノコンペティション特級」は、年齢制限のない国内最高峰のピアノ・コンクールとして、毎年多くの音楽ファンの注目を集めている。昨年のグランプリ・南杏佳をはじめ、これまで阪田知樹、角野隼斗、亀井聖矢、鈴木愛美といった現在第一線で活躍するピアニストたちを輩出してきた。さらには田村響や関本昌平のように、若くして優れたピアノ教育者として才能を開花させる者もいる。まさに、日本のピアノ文化をリードする人材発掘の場、それがピティナ特級なのだ。
♪ 進化するコンクールと、その楽しみ方
ピティナ特級の審査は一次・二次・三次予選、セミファイナル、ファイナルといった5つのステージで進められ、それぞれの段階で異なる課題曲や演奏形態が課される。
6月に行われた一次予選では54名が15~25分のソロを弾いた。二次予選では25名が25~35分のソロを弾く。三次予選は11名に絞られ、ピアノ協奏曲の一つの楽章を2台ピアノ版で審査される。セミファイナルでは6名となり、45~55分のソロリサイタルのほかに、今年から「室内楽」という新たな課題が導入される。モーツァルトのピアノ四重奏曲第1番第1楽章を、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターの青木尚佳、バイエルン放送交響楽団第一ソロヴィオラ奏者の湯浅江美子、そしてミュンヘン・フィル チェロ奏者の三井静といった一流の演奏家たちと共演する機会を与えられるのだ。ソリストとしての技術だけでなく、アンサンブル能力も問われるという革新的な取り組みである。この変化は、国際的な音楽コンクールでも重視される総合的な音楽力の育成を意図したものであろう。真の音楽家としての資質を問うこの新しいステージは、参加者にとって貴重な学びの機会となるとともに、聴衆にとってもより多面的な音楽体験を提供することになる。
そしていよいよ迎える最終ステージの「ファイナル」。今年は8月22日(金)16時30分から、日本の音楽の殿堂サントリーホールで行われる。多くのピアニストにとって憧れの地だ。この華やかなステージに立てるのはわずか4名のファイナリストのみ。大井剛史指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団との共演によるピアノ協奏曲が演奏される。客席での鑑賞は、審査の緊張感に包まれた独特の空気感の中で、若きピアニストたちの真剣勝負を目の当たりにし、通常のコンサートでは得られない特別な体験となる。4名のファイナリストそれぞれの個性が発揮される瞬間を見逃すことはできない。

サントリーホールでの鑑賞体験をより特別なものにするのが「聴衆賞」の存在だ。会場の観客の投票によるこの賞は、審査員とはまた違った視点からの評価を表すものだ。昨年は南杏佳がグランプリと聴衆賞の両方を受賞し、会場全体が感動に包まれた。
なお、ピティナ特級のオンライン配信の充実ぶりにも注目したい。ピティナの公式YouTubeチャンネルは17万人を超えるフォロワーを持ち、予選段階から各ラウンドの演奏を視聴できる。現在活躍する“推し”ピアニストたちの若き日の挑戦の記録も、多数残されている。昨年のファイナルでは同時視聴者数が6,000人を記録し、オンラインでも大きな盛り上がりを見せた。
さらに「オンライン聴衆賞」という新たな試みも導入されている。会場に足を運べない音楽ファンも予選の段階から、より積極的にコンクールに参加できるようになった。二次予選からファイナルまでの28日間、毎日1票ずつ「応援したいピアニスト」に投票できる仕組みで、累計得票数に応じ、受賞者はクラウドファンディングの支援額から賞金が授与される。

2段目)加藤皓介、金﨑瑞希、後藤美優、小林真佳、佐藤あやめ
3段目)志賀由梨、菅井あゆむ、菅原琉聖、鈴木凛、角谷春奈
4段目)高見真智人、津野絢音、西山響貴、仁宮花歌、長谷川美紀
5段目) 東出麻鈴、増田珠里、間世田采伽、米倉令真、渡邊伽音
♪ 今年の注目出場者たち
二次予選には25名が進出する。今年は音楽大学や芸術大学で音楽を専門に学ぶ大学生・大学院生が揃う。中には今泉響平のように海外の音楽院を修了し、特級銅賞および新人指導者賞の受賞実績がある者もいる。津野絢音、金﨑瑞希、大西愛華といった昨年のセミファイナリストも再び挑戦の舞台に立つ。特級の直前の級である「Pre特級」で昨年銀賞に輝いた稲沢朋華も名を連ねており、レベルの高い競争が予想される。
特級の審査にはセミファイナルから海外招聘審査員も加わる。今年は英国王立北部音楽大学教授のグラハム・スコット氏、グラーツ音楽大学教授のマルクス・シルマー氏、パリ国立高騰音楽院のエマニュエル・シュトロッセ氏が加わることが決まっている。
音楽を愛するすべての人にとって、ピティナ特級は未来のクラシック音楽界を予感できる素晴らしい機会だ。会場で、そしてオンラインで、若きピアニストたちの熱い挑戦を見守り、彼らの音楽的成長を応援していこう。音楽の持つ力と美しさを、彼らと共に再発見する夏が始まる。
【Information】
第49回ピティナ・ピアノコンペティション特級2025
二次予選(25~35分のリサイタル形式) 25名
2025.7/26(土)11:00、7/27(日)10:30 J:COM浦安音楽ホール コンサートホール
三次予選(ファイナルで演奏する協奏曲の一部をピアノ伴奏で演奏) 11名(予定)
7/29(火)13:30 J:COM浦安音楽ホール コンサートホール
セミファイナル(45~55分のソロと室内楽 単一楽章) 6名
室内楽共演者/青木尚佳(ヴァイオリン) 湯浅江美子(ヴィオラ) 三井静(チェロ)
8/19(火)10:30 第一生命ホール
ファイナル(任意のピアノ協奏曲1曲) 4名
8/22(金)16:30 サントリーホール
共演/大井剛史(指揮) 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
海外招聘審査員:
グラハム・スコット(英国王立北部音楽大学教授) マルクス・シルマー(グラーツ音楽大学教授) エマニュエル・シュトロッセ(パリ国立高等音楽院)
追記:グラハム・スコットの辞退によりラルフ・ナットケンパー(ハンブルク音楽演劇大学名誉教授・カライドス音楽大学教授)が交代で参加
https://tokkyu.piano.or.jp
ピティナ YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@ptna
◎クラウドファンディング
ピティナ特級2025|若きピアニストが全国・世界へ羽ばたくために
支援募集期間:8/29(金)まで
https://readyfor.jp/projects/ptna_tokkyu_2025

飯田有抄 Arisa Iida(クラシック音楽ファシリテーター)
音楽専門誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジン等に執筆、市民講座講師、音楽イベントの司会等に従事する。著書に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」「クラシック音楽への招待 子どものための50のとびら」(音楽之友社)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。



