紀尾井ホール室内管の首席指揮者トレヴァー・ピノックが任期延長を語る

 紀尾井ホール室内管弦楽団(KCO)の首席指揮者トレヴァー・ピノックの任期延長が発表された。現在、当初の契約期間の最終年度を迎えているが、延長期間は2025年4月から28年3月までの3年間。6月19日に行われたプレスミーティングで、ピノックがいまの心境を語った。

 KCOとの初共演は、旧称・紀尾井シンフォニエッタ東京時代の2004年10月に遡る。その後、20年2月の特別演奏会を含む計5回の客演を経て、第2代首席指揮者ライナー・ホーネックの任期満了を受けての就任だった。ピノックの「その豊かな音楽性と経験をKCOに注いでほしい」というホール側の想いにこたえ、年間4〜5回の定期演奏会のうち2回登壇。彼の十八番である古典派と、主に海外で手掛けているロマン派のレパートリーを中心としたプログラムを披露している。

「初めてKCOを指揮した2004年から20年。このオーケストラで2期目を迎えることは、音楽性の重要さ、信念を共有しているからだと思います。さらなる旅路に出て、多くの発見があるのではないかと期待しています」

 KCOメンバーとの関係も特別なようだ。
「このオーケストラは私の要求することにすみやかに反応し、理解してくれます。私たちの仕事の進め方は特別で、一緒に考えながら進めていく、ミステリアスな方法です。
 音楽家を信頼することは最も重要で、信頼がなければ自由な音楽作りはできません。リハーサルで私が演奏をとめた時、オーケストラのメンバー半数は私が何をいうか先にわかっています。我々が学んできたことはいかに音楽に対してお互いに耳を傾けるか。自分たちの音をよく聴くことに注力してきました。私たちの音楽の作り方はより室内楽的で、私も他のメンバーと一緒に音楽家のひとりになるのです」

 25年3月、第1期任期の最後の定期演奏会となる第141回では、KCO初となる演奏会形式のオペラ上演が予定されている。演目はモーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》。「KCOに新たなチャレンジ、魅力を」とホール側からオペラ公演を打診したという。

「とても面白く素晴らしいチャレンジです。《コジ・ファン・トゥッテ》は昔もいまも重要な作品だと言えます。現代的なテーマを取り上げていて、だからこそ非常にチャレンジングだと思います。このオペラのすべての役の関係性を注意深く見なければなりません。そして何より音楽が素晴らしい。モーツァルトは音楽を通してすべてを語ってくれると思います。
 出演者にヨーロッパと日本の歌手たちが混ざっているのも興味深いですし、フォルテピアノ演奏(通奏低音)には素晴らしい音楽家ペドロ・ベリソが参加してくれます。そしてこのオーケストラがいますので、音楽的に自信を持っています。いまはどういったコンサートになるか秘密ですが、材料はすべて揃いました」

 2025年は、紀尾井ホールとKCOにとって30周年の節目の年となるが、25年8月からはホール改修も予定されている。7月に予定されている休館前の最後の定期では、ピノックの指揮でロマン派をメインに古典派をミックスしたプログラムを考えているという(詳細近日発表予定)。

「音楽には人間的な感情があふれており、その感情と、音楽という宝物を観客と分かち合うことが音楽家の使命です。オーケストラにはどういう音を求めるべきなのか、モーツァルト、シューマン、ドヴォルザークを演奏する場合はどのような音がよいのか、音のクオリティをとても大切にしています。楽譜の上に書かれている音符を自由に放つこと、その重要性をこのオーケストラは理解し、大事にしてくれています」

 ピノックはチェンバロ奏者として活動し、1972年にはピリオド楽器オーケストラ「イングリッシュ・コンサート」を創設するなど、現在までの古学復興の流れを作ったいわば立役者。質疑応答でピリオドとモダン楽器の演奏の違いを問われた。

「どちらの演奏も大好きですし、共存する余地があると思っています。
 私はピリオド奏法の先駆者と言われていますが、いまでも先駆者の一人だと思っています。なぜそのような活動をしてきたのか。一つの世界に閉じ込められていた素晴らしい音楽を、世界に発信しなければと思ったからです。当初は古楽器を使うことで注目を浴び、風変わりな人たちと思われていましたが、メインストリームになることが夢でした。ピリオド楽器の演奏が音楽界全体に影響を及ぼし、人々が新しい魅力を発見し、新しい音を聴きたいと興味を持ってくれたことは、非常に嬉しいです。
 私が大切にしていることは、音楽家たちと一緒に仕事をして、彼らの耳や心を解き放つことです。いままでやってきたことをただ鵜呑みにするのではなく、新しいものを受け入れ、発見していくことこそ重要なのです。結局のところ、私はどんな楽器よりも音楽に興味があるんですね」
 
 ホール&KCOの30周年、ホール改修&リニューアル・オープン、そしてピノック80歳の誕生日(26年12月)と、任期延長の3年間には節目が重なる。ホールでは「ご本人に了承いただければ」傘寿を祝う公演も計画中だという。紀尾井ホール室内管弦楽団がトレヴァー・ピノックとともに歩みをすすめていくその旅の行く末を見守りたい。

《紀尾井ホール室内管弦楽団 トレヴァー・ピノック出演公演》

●第139回定期演奏会
2024.6/21(金)19:00、6/22(土)14:00 紀尾井ホール
[指揮]トレヴァー・ピノック
[ヴァイオリン]クリスティーネ・バラナス
[曲目]ヴェーバー:歌劇《オイリアンテ》序曲
    ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲イ短調 op.53
    シューマン:交響曲第1番変ロ長調《春》op.38

●第141回定期演奏会
2025.3/14(金)18:00、3/16(日)14:00 紀尾井ホール 
2024.9/13(金)発売
[指揮]トレヴァー・ピノック
[フィオルディリージ]マンディ・フリードリヒ(ソプラノ)
[ドラベッラ]湯川亜也子(メゾソプラノ)
[グリエルモ]コンスタンティン・クリメル(バリトン)
[フェッランド]マウロ・ペーター(テノール)
[デスピーナ]ラゥリーナ・ベンジューナイテ(ソプラノ)
[ドン・アルフォンソ]平野 和(バス・バリトン)
[通奏低音&声楽コーチ]ペドロ・ベリソ
[曲目]モーツァルト:歌劇《コジ・ファン・トゥッテ》K.588[演奏会形式/上演時間約3時間]

紀尾井ホール
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