ぽつりぽつりと置かれた音はその身振りを禁欲的なまでに制限されている。しかし要素を切り詰めた先に見えてくる世界がある。タッチ、ニュアンス、色合い――ピュアな音の現前からそれらを聴き取ることが伊藤の一貫したテーマだが、曲ごとにアプローチが変わるのが面白い。ヴァイオリンのシンプルなボウイング（振り返り I）、木管五重奏曲からピアノ版へのアレンジ（音色の削ぎ落し、「偽りなき心 II」）、言語の情動性（ヴァシレ・モルドヴァンの7つの詩）と表現は少しずつ雄弁になっていき、表題作「メレタン」では生来の厳格さが少し緩んで、音の連関から脈打つ時間が生まれている。
文：江藤光紀
（ぶらあぼ2024年5月号より）
【information】
CD『Meletan―伊藤祐二作品集 I ／井上郷子＆長島剛子＆松岡麻衣子』
伊藤祐二：ソロイスト、振り返り I、偽りなき心 II（ピアノ版）、ヴァシレ・モルドヴァンの7つの詩、メレタン
井上郷子（ピアノ）
長島剛子（ソプラノ）
松岡麻衣子（ヴァイオリン）
コジマ録音
ALCD-140 ￥3300（税込）