銀座の夜はオペラで楽しむ
オペラ《椿姫》には「翳」が要る。華やかな光が当たる人ならではの、心の翳りが歌に要求されるのだ。どの分野でも、スター的な存在ほど裏では寂しさを抱えるもの。《椿姫》の高級娼婦ヴィオレッタも贅沢三昧の暮らしだが、実は胸の病から来る死の予感に独り怯える女性である。行き交う人々が見とれる絶世の美女でも、その孤独は深い。
だから、青年アルフレードに愛を告白されても、彼女はそれを信じられない。でも、対話を重ねるうちに一筋の希望の光が差し込んでくる。それは、辛い日々を生きる女性ならではの、鮮烈な心の輝きである。第1幕でヴィオレッタが叫ぶ〈D’amarmi dite ancora? まだ私を愛していると仰れますか?〉など、表街道を歩んできたわけではない彼女が、社会のしがらみを忘れて純な想いを取り戻した証なのだ。こうした、内面の昂ぶりが滲む「真実味の塊」が全編に鏤められたからこそ、《椿姫》は不朽の名作たり得ている。
さて、来る9月、銀座ヤマハホールがこの《椿姫》を採り上げるという。傑作オペラのハイライト上演として人気の名物企画であり、小さくも温かみある空間で、清水のりこが奏でるエレクトーンの多彩な音色のもと、名歌手たちの美声をじっくりと味わう極上のひと時になるだろう。主演者はソプラノの小川里美。ミス・ユニバース日本代表という華々しい経歴の持ち主ながら、その素顔は、芸術に生きる厳しさを知る人ならではの控え目なもの。今回は強い喉と磨き上げたテクニックで、ヒロインの心の襞をくっきりと映し出すに違いない。
また、相手役のテノール高田正人の溌剌とした声音、その厳父ジェルモンを演じるバリトン与那城敬の色濃い響きは、どちらもこのオペラにうってつけの個性。お手伝いアンニーナ役のソプラノ廣橋英枝も加わって、交し合う歌声から各人の胸中が鮮明に浮かび上がることだろう。ナビゲーター&演出の彌勒忠史の優れたアイディアで、《椿姫》の見どころが凝縮される名ステージをどうぞお楽しみに。
文:岸純信(オペラ研究家)
〈出演〉
小川里美(ヴィオレッタ)、高田正人(アルフレード)、与那城敬(ジェルモン)、廣橋英枝(アンニーナ)
〈演奏〉
清水のりこ(エレクトーン)
〈演出・ナビゲーター〉
彌勒忠史
9月9日(火)19:00、11日(木)19:00
ヤマハホール
料金:1階席 6000円 2階席 4000円
●公演詳細
9日(火) https://www.yamahaginza.com/public/seminar/view/1451
11日(木) https://www.yamahaginza.com/public/seminar/view/1452
問:ヤマハ銀座ビルインフォメーション 03-3572-3171
(11時〜19時半/第2火曜定休)