2大カストラートへのオマージュ
フィリップ・ジャルスキーが10年程前にバロック界の新星として登場した時、それまでにない新しいタイプのカウンターテナーが現れたと感じたのは筆者だけではなかろう。ピュアかつ艶やかな高音、驚異的なコロラトゥーラ技巧、そしてチャーミングな舞台プレゼンスによって、彼は古楽のジャンルを超え、世界中の多くの音楽ファンを熱狂させてきた。
そのジャルスキーがここ数年特に力を注いできたのは、18世紀オペラ界のスーパースターであったカストラート歌手のレパートリーの発掘である。4月のヴェニス・バロック・オーケストラとの来日公演でも、ファリネッリとカレスティーニという当時大人気を誇ったカストラートたちのライバル関係に光を当てた魅力的なプログラムが組まれている。
「映画『カストラート』でファリネッリの名前は一躍有名になりましたが、僕自身はむしろカレスティーニのほうに強く惹かれていました。彼は18世紀における最も美しい声の持ち主であっただろうと僕は考えています。たとえばヘンデルは最高傑作のオペラ《アリオダンテ》のタイトルロールをカレスティーニのために作曲しました。そのアリアを聴けば、彼がいかに素晴らしい歌手だったかがわかるでしょう。僕はこの歌手を世に知らしめたいと思い、数年前に彼の歌ったアリアを集めたアルバムを発表したのです」
「興味深いことに、カレスティーニがヘンデルの《アリオダンテ》を歌っていた同じ時期に、ロンドンの別の劇場ではファリネッリがポルポラのオペラ《ポリフェーモ》を歌っていて、オペラ・ファンたちはファリネッリ派とカレスティーニ派に分かれていたのです。この年のロンドンは、なんと活気に満ちたオペラ・シーズンだったのでしょう!ポルポラという作曲家は今では忘れ去られていますが、名声楽教師でもあり、ファリネッリの育ての親でもありました。ファリネッリといえばどうしても超絶技巧のイメージが強いですが、ポルポラが彼のために作曲した音楽は美しい旋律に満ちあふれ、弟子に対する愛情が込められていて、そこからファリネッリの深い音楽性も感じ取っていただけることでしょう」
このように1730年代のロンドンにおいて、ヘンデルおよびポルポラはそれぞれが推すスター歌手のために腕によりをかけ、競うように数々の名アリアを生み出していたのである。その伝説のライバル対決を、現代屈指のカウンターテナーであるジャルスキーが今、鮮やかによみがえらせてくれるのだ。
取材・文:後藤菜穂子
(ぶらあぼ2014年4月号から)
フィリップ・ジャルスキー&ヴェニス・バロック・オーケストラ
★4月25日(金)・東京オペラシティ コンサートホール Lコード:38548
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
★4月27日(日)・大阪/サンケイホールブリーゼ Lコード:52570
問:サモンプロモーションチケットセンター0120-499-699