塩谷 哲(ピアノ)

 毎夏恒例のイべントとして今や音楽ファンにはお馴染みとなった「N響JAZZ at 芸劇」。NHK交響楽団がジャズに縁の深い曲を取り上げるこのコンサートでは、毎回素晴らしいソリストがゲストに迎えられるが、今回は昨年に続き“SALT”こと塩谷哲が登場、ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」と自作「スパニッシュ・ワルツ」を共演する。

新鮮さをもって弾きたい“定番”曲

「『ラプソディ〜』はジャズ・ピアニストがオーケストラと共演する時の定番というイメージがありますが、実はこの曲、昔はちょっと苦手だったんです。良くいえばキャッチー、悪くいうと下世話なところがある感じがして、芸術を目指していた若い僕にはそれが受け入れられなかった。でも実際に弾いてみると、やっぱり良い曲なんですよね。グッときちゃう(笑)」
 山下洋輔や小曽根真をはじめ、これまで多くのジャズ・ピアニストが個性的名演を残しているこの作品、今回、塩谷はどうアプローチするのだろうか。
「狙って独自性を出そうとすると失敗するんですよね。僕としては、はじめて曲に接したような新鮮さを持って演奏できたらと思っています。そこから自分の美学みたいなものが自然に出てくるのが理想。もちろんすごく考えて作られた曲だから、むやみに即興を入れようとは考えていません。入れるにしても、ガーシュウィンが書いた音を本当に理解していないと意味がない。ですから、もしかしたらそんなに原曲と違わないかもしれないし、けれど実際に弾きはじめたら即興満載になってしまうこともあり得る(笑)。いずれにせよ、SALTはこう感じたんだと思ってもらえるような演奏をしたいと思っています」
 一方「スパニッシュ・ワルツ」は、元は小曽根真とのデュオのために作られた作品だが、その後様々なフォーマットで再演されている塩谷の代表曲だ。
「昨年びわ湖ホールではじめて管弦楽版を発表したのですが、今回はそこに少し手を入れます。オーケストレーションって、大変だけれど楽しいですよ。苦労して書いたものが、一音一音に魂が込められて実際に鳴った時の感動というのは何物にも代え難い。しかもそれを演奏してくださるのがN響さん! こんな幸せな人間、なかなかいませんよ。これまでの人生、正直に音楽を続けてきたつもりですけど、そのご褒美だと思っています」

名匠&オーケストラとのコラボも楽しみ

 そのN響、そして指揮のジョン・アクセルロッドについての印象は?
「昨年共演させていただいてまず感じたのは、団員のみなさん一人ひとりがしっかりと自己表現している、ということでした。また、指揮者の考えている音楽の世界に入っていくスピードがものすごく速い。それはもちろんアクセルロッドさんの力でもあるんでしょうけれど。彼、僕と同い歳なんですけど、求心力やバイタリティー…要するに人間的な魅力にあふれていて、オーケストラがグングン引き込まれていく。改めて指揮者というのはすごいなと思います。コンサートではそんな彼らの信頼関係を感じながら必死に(笑)、そして思いっきり演奏しますので、ぜひその目撃者になっていただきたいですね」
 なお後半ではファリャ、マルケス、トゥリーナ、ヒナステラなど、マエストロの十八番であるラテンものも演奏されるので、そちらもお楽しみに。
取材・文:藤本史昭
(ぶらあぼ2018年8月号より)

N響JAZZ at 芸劇
2018.8/31(金)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
問:東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296 
http://www.geigeki.jp/