ローザスは『ファーズ』だよね。うん、と言ってくれる人もきっといるにちがいない。もちろんこれは誇張だし、故意な、そして挑発的な断定だ。ローザスにはいくつもすばらしい作品がある。忘れがたい作品がある。規模の大きさも違う。でも、ローザスといえば『ファーズ』がカンパニーの名と切り離しがたくある。それは、スティーヴ・ライヒ(1936-)の音楽の反復される音型とそのずれてゆき、新しい紋の浮きあがってくるさまを、身体をとおしてみごとに可視化してみせてくれたからにほかならない。
前回の来日公演が『ドラミング』であったことをおぼえている人も多いだろう。ローザスはライヒの音楽をいくつもダンスとしてきた。そもそも『ファーズ』はライヒの初期作品4つを最小限に抑えたかたちで、ローザスというカンパニーを世界に知らしめた作品だった。『ピアノ・フェイズ』での2人のダンサーによる回転と腕ののばし、そして影の動き、音楽との重なりとずれ。『カム・アウト』での上半身を中心とした手、腕と髪。『ヴァイオリン・フェイズ』でのソロが描きだす幾何学。『クラッピング・ミュージック』の横をむき削ぎ落とした反復。この作品はまた、ダンスとしてのみならず、身につけている服や靴、髪といったファッションからみても、ダンスという異界のものではない、こちらの日常とつながりながら展開される新しい世界を提示してくれたのだった。
今回の公演は、ローザスがローザスとして世に知らしめた1982年の記念碑的作品とともに、新しい作品『時の渦』も上演される。こちらはフランスの作曲家、ジェラール・グリゼー(1946-1998)の音楽(1992)とともに踊られる。タイトルにもある「渦」をイメージしていただけばよいだろうか。音楽とダンスは緊密に結びついていて、7人の音楽家と7人のダンサーがひとつのステージを分有する。異なった音色の楽器と動き、時間が並行してゆくが、いくつもの異なった時間性は、作曲者のことばを借りれば、ヒトの、ムシの、クジラの時間というように多層的なものだ(一昔前によく読まれた『ゾウの時間、ネズミの時間』を想起してみたらどうか?)。こうした音楽を、ダンサーたちがおなじステージ上で、しかもべつの時空で視覚的にたちあげる。そんなふうに言ってみたらどうだろう。
私見では、今回のローザスの公演、アメリカとヨーロッパのおよそ異なった音楽をカップリングしながら、ともに時間が俎上に載せられていると言ってもいいだろう。ダンスでも音楽でも否応なく時間とかかわりを持っているが、特にこれら二作が対照されたとき、視覚的にも聴覚的にも、それらが統合された全感覚的にも、ダンスにふれている人たちはかならずや「時」を感覚し、思考する――かならずしもことばをとおしてではなくとも――ことになる。そしてそれは、けっして多くないダンサーによってこそのものだったりするのだ。なお、最後にもうひとつ強調しておきたい。今回の『ファーズ』にはアンヌ・テレサ自身がステージで踊る。長らく姿をみることができなかっただけに、稀有な機会を逃さないようにしたい。
文:小沼純一
(ぶらあぼ 2017年3月号から)
ローザス『ファーズ―Fase』
5/2(火)、5/3(水・祝) 東京芸術劇場 プレイハウス
5/10(水) 名古屋市芸術創造センター
ローザス&イクトゥス『時の渦―Vortex Temporum』
5/5(金・祝)〜5/7(日) 東京芸術劇場 プレイハウス
5/13(土) 愛知県芸術劇場
問:東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296(東京のみ)
http://www.geigeki.jp/
愛知県芸術劇場052-971-5609(愛知のみ)
http://www.aac.pref.aichi.jp/