“感謝の想い”をスペインの調べに込めて
スペイン音楽の放つ華々しいパッセージ、そこはかとなく漂う哀愁。ピアニスト細川夏子は、幼少期からその魅力に惹き付けられた。
「幼稚園のころ、声楽家だった母がスペイン歌曲のレコードを何回かかけていたらしいのですが、私の頭のなかではそれが延々と鳴り続け、ずっと聴いていたという記憶として残っています。両親とよくN響のコンサートにも行きましたが、スペインの作品ばかりがお気に入りでした。5歳から始めたピアノは、ドイツの古典ものばかりがレッスンで与えられるので、スペイン音楽が弾きたいと思っていました」
高校生の頃、NHKスペイン語番組の若い講師が自宅にホームステイしていた。
「マドリード出身の彼女から、スペイン語だけでなくカスタネットやフラメンコも教わりました。スペイン料理店などがまだ日本にあまりなかった時代です。ホームシックにかかった先生を励ますのは大変でした(笑)」
国立音大卒業後、強く憧れていたフランス・クリダに師事するためパリのエコール・ノルマル音楽院へ留学。
「リスト弾きとして知られるクリダ先生からは『あなたはフランスで活躍した外国人の作品が向いているわ』と言われ、グラナドス、アルベニス、ファリャらの珍しい作品をたくさん教えていただきました」
そんな細川の新譜『アルベニス:入り江のざわめき スペイン・ピアノ名曲集』は、想いがたくさん詰まったアルバムだ。スペイン大使館後援による2014年日西交流400周年記念リサイタルのライヴ録音に次ぐ、2作目のCDとなる。
「アルバムのテーマは『海』です。スペインの海沿いの街の風景を主に描いた作品を選曲しました。スペイン音楽は、船による地中海交易により交流があった、ギリシャ、イタリア、トルコ、アラブ諸国、北アフリカなどの、原色のような色彩感も混在する、興味深い音楽です」
アルバム前半はアルベニス、後半はグラナドスの小品だ。
「両者とも素晴らしいピアニストでしたが、アルベニスの音楽はテクニカルで放浪型、グラナドスは内省的で定着型と言えるかもしれません。アルベニスの最初の3曲『入り江のざわめき』『グラナダ』『コルドバ』はギター曲としても有名です。グラナドスの『アストゥリアーナ(サルダナ)』は、男女が輪になって手を取り合う舞曲を題材としています。この曲を録音中、これまで私が出逢ったいろいろな方への想いが自然と湧き、『感謝の輪が広がる作品だ!』と実感しました」
今後も細川はスペインの秘曲・名曲の調査を重ね、「積極的にお伝えしていきたい」と目を輝かせた。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ 2016年12月号から)
CD
『アルベニス:入り江のざわめき スペイン・ピアノ名曲集』
マイスター・ミュージック
MM-3092
¥3000+税
11/25(金)発売