
日本のオペラシーンになくてはならないトップ・ソプラノである小林沙羅は、日本語の新作オペラにも数多く出演するなど「日本の歌」をライフワークとしている歌手でもある。そんな小林が〈Hakujuの歌曲〉シリーズに登場。「美しい響きと歌曲にちょうど良い大きさのこのホールでいつか!と思って温めてきた」という、山田耕筰作曲・北原白秋作詞の作品のみのプログラムによるリサイタルを開催する。この二人は、小林にとっては特別な思いのある作曲家・作詞家だそう。
「幼い頃から家の中ではレコードがかかっていたり、家族が合唱していたり、と歌があふれていたのですが、その中でも特に心に残っているのが山田耕筰・北原白秋による〈待ちぼうけ〉でした。祖母がよく歌ってくれて、“ころりころげた木の根っこ〜”というところが大好きでした。
また大学院に入って間もない頃、東京文化会館主催の新作オペラ《隅田川》(千住明作曲・松本隆台本)の狂女役のオーディションを受けたのですが、その時に〈からたちの花〉を歌いました。小ホールの美しい響きを感じながら歌ったあの瞬間は、私の音楽人生を方向付ける大事な瞬間の一つだったように思っており、今でも忘れることができません」
そんな小林が今回取り上げるのは、前述した思い出の2曲をはじめ〈この道〉〈ペチカ〉といったよく知られている名曲、またあまり知られていない小品など。さらに、滅多に聴くことのできない歌曲集「芥子粒夫人(ポストマニ)」が含まれているのが目を惹く。
「この作品は北原白秋がインドの民話に着想を得て書いた物語詩です。鼠が魔法使いにお願いして自分の姿を次々と変えてもらいます。猫になったり犬になったり、最後はポストマニという名前の美しい娘になり、王子様と結婚しますが…。まるで絵本を読んでいるように物語が展開していく、ドイツリートでいうバラードのような歌曲集となっています。私の声や歌い方にも合っているのでずっと以前からいつか挑戦したいと思っていましたが、大作なのでこれまではなかなか実現できませんでした。今回ついに皆さまに聴いていただくことができるのがとても嬉しいです」
20年来のパートナーであるピアノの河野紘子とは「お互いのクセややりたい音楽の方向性もよくわかっているので、阿吽の呼吸で演奏することができる」とのこと。河野の持つ高いテクニックに支えられ、小林沙羅が紡ぎ出す山田耕筰と北原白秋の世界は、日本歌曲の真髄に迫るコンサートとなるにちがいない。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2025年10月号より)
Hakujuの歌曲 ♯4 小林沙羅 ソプラノ ―記念イヤーに贈る 山田耕筰&北原白秋―
2025.10/22(水)19:00 Hakuju Hall
問:Hakuju Hall チケットセンター03-5478-8700
https://hakujuhall.jp

室田尚子 Naoko Murota
東京藝術大学大学院修士課程(音楽学)修了。東京科学大学・昭和音楽大学非常勤講師。NHK-FM「オペラ・ファンタスティカ」レギュラー・パーソナリティ。オペラを中心にアーティストのインタビューや演奏会の紹介記事、エッセイなどを手がけるほか、ミュージカル、ロック、少女漫画などのジャンルでも執筆活動を行なっている。著書に『オペラの館がお待ちかね』(清流出版)、共著に『ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』(青弓社)など。

