
小林愛実は2度ショパン国際ピアノコンクールに出場している。1度目の2015年第17回ではファイナル・ステージまで進出、2度目の2021年第18回では第4位を受賞した。2度のコンクールを振り返り、率直な思いを聞かせてくれた。
「初めて受けた2015年の回は、1次予選でかなり納得のいく演奏ができました。実はそれでモチベーションを維持するのが難しくなってしまったんです。2021年の回では、3次予選まで集中し続けることができたのですが、3次の『前奏曲集』で充実した演奏ができ、自分の中で完結してしまったところがありました。もしも3次の演奏に心残りがあれば、ファイナル・ステージにピークを持っていけたかもしれないなと振り返ることもあります。ただ、あのファイナルの演奏を、自分では悪かったとは思っていないんです。こう弾きたいと思ったとおりに弾き切った、あの時の自分を認めてあげたいですね」


ファイナルの協奏曲は、ボレイコ指揮ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団とともに、ショパンの協奏曲第1番を演奏した。ショパンが二十歳の頃に祖国ポーランドで書いた作品である。
「ショパンがこの曲を書いたのは二十歳。その頃の気持ちも忘れずに弾きたいですが、コンクール後には、さまざまなライフイベントが起こり、私自身の感情の幅も広がりましたから、この曲の第二主題や中間部などの歌心にあふれた場面などは、アプローチの仕方も多様になると思います。今年10月のシンフォニア・ヴァルソヴィアとのツアーでは、演奏するたびに変化するのではないかと思います」
2021年のコンクールの翌年は、これまでになく多忙だったと語る。
「2022年は、ありがたいことに本当に忙しかった。コロナ禍で海外アーティストが来日できないこともあり、コンサートの出演はもちろん、演奏以外の仕事(取材など)が、それまでと比較にならないくらいに増えました。寝る間も惜しんでレパートリーを増やし、走り続けましたね。そのころ新たに取り組んだのは、シューベルトのソナタ第19番ハ短調、シューマンの小品、バッハのパルティータ、ブラームスの4つの小品op.119などです。こんなに忙しいのに、なぜレパートリーを増やそうとしているんだろう?と自問自答しながら。
8月にはショパンにゆかりの深いマヨルカ島でコンサートがあり、バッハを初出ししました。マヨルカ島はバカンス状態の賑わいで、ピアノばかり弾いているのはちょっと辛かったですね(苦笑)。その後はヨーロッパ各国や日本でのツアーもありました。その合間に協奏曲のレパートリーも増やしていましたね。
コンサートの主催者からは、ショパンのリクエストが圧倒的に多かったですが、私は意外とオール・ショパンのコンサートはやっていないんです。半分は別の作品を弾きたいんです」
2023年には結婚、そして出産という大きなライフイベントがあった。
「ママになるのが最優先で、産休を取らせていただき、その間はとても楽しかった。ずっと出産準備のお買い物や、運動のために散歩をしたり、純粋に幸せな時間を過ごしました。2022年と2023年のギャップはすごいです」
2023年の夏に無事に出産。2024年は「葛藤の年だった」と振り返る。
「まだ体調が元に戻りきらない。でも仕事はしたい。でも赤ちゃんと一緒にいたい。どうバランスをとるべきか、葛藤ばかりでした。そうした中でCDの録音のため、5月にヨーロッパに行きました。出産後、初めて子どもと1週間も離れ、音楽と集中して向き合い、またミュンヘン・フィルやソヒエフさんと共演したことがきっかけで、徐々に仕事の感覚を取り戻していきました。
子どもはもう2歳になり、おしゃべりもできるようになってきました。すごくかわいいです。一方で仕事への気持ちも高まっています。体力も精神力も感覚もやっと戻ってきました。今はいろんなことが楽しく充実しています」
2024年11月、ソヒエフ&ミュンヘン・フィルと共演(KAJIMOTOのInstagramアカウントより)
怒涛の4年間を送った小林だが、ワルシャワでの舞台を共にし、伴侶となった反田恭平の存在は大きい。
「彼とは15年間友達同士でした。昔からお兄ちゃんみたいに頼れる人で、ずいぶん支えてもらっていましたが、一緒になったら思ったよりも繊細で、弟気質も持っている人でしたね。私は一人っ子っぽく見られることが多いけど、弟がいてけっこう面倒見のいいところがあるんです。結婚する前よりも、してからのほうが、お互いに支え合えている感じがします。
ショパンコンクールが終わったばかりの頃は、2位と4位で周りから比べられる感じが少し嫌でした。当人同士は比べていなくても、周りから言ってこられたりするじゃないですか。それが少し気になっていた時期もあったのです。でも今は本当に気にならない。むしろ彼にはもっともっと上に行ってほしい。でもあえて言うなら、仮に私たちがピアノを弾いていなかったとしても、一緒にいられれば楽しいだろうなと思えるんです。すごくいい関係性だなと思います」

「もちろん音楽の話もよくしますし、お互いにアドヴァイスをすることもあります。譜読みを手伝ったり、プログラミングを一緒に考えたりするのも楽しい。ただどこか、幼なじみの頃から話していたころの延長みたいな感じで、そこはちょっと不思議な感じです。やはりピアニスト同士なので、状況や気持ちをよく分かり合えます。本番前の心理状態や大変さ、練習に集中したい時などは、お互い言葉にしなくても分かり合える。ただ、音楽性はぜんぜん違います。違うからおもしろいんですけどね」
5年に1度のショパンコンクール。5年と言うスパンは人の人生を大きく変える。
「5年前には、今の私の状況を想像すらできていませんでした。だから5年後の自分がどうなっているのかもわかりませんね。今年はようやく一聴衆としてショパンコンクールを聴けます。今からとても楽しみです」

取材・文:飯田有抄
小林愛実 出演公演
クリスティアン・アルミンク指揮 シンフォニア・ヴァルソヴィア 日本ツアー2025
2025.10/4(土)14:00 すみだトリフォニーホール ◆
10/6(月)19:00 すみだトリフォニーホール
10/9(木)19:00 大阪/住友生命いずみホール
10/10(金)19:00 大阪/住友生命いずみホール ◆
10/12(日)15:00 京都コンサートホール ◆
問:カジモト・イープラス050-3185-6728
https://www.kajimotomusic.com
他公演
10/5(日)16:00 NHKホール ◆(NHKプロモーション050-5541-8600)
10/7(火)18:45愛知県芸術劇場 コンサートホール ◆(CBCテレビ 事業部052-241-8118)
https://www.kajimotomusic.com
※小林愛実は◆に出演。公演によりプログラムが異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


飯田有抄 Arisa Iida(クラシック音楽ファシリテーター)
音楽専門誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジン等に執筆、市民講座講師、音楽イベントの司会等に従事する。著書に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」「クラシック音楽への招待 子どものための50のとびら」(音楽之友社)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。




