
戦後80年も経つのに各地で戦火は止みそうにない。そこで、近年大活躍の指揮者・佐藤正浩が、神戸市混声合唱団とともに「歌声で訴えかける平和」を世に問うことに。抱負を訊ねてみた。
「9月に取り上げる4作はすべて無伴奏曲です。メインはプーランクの『人間の顔』を。詩人エリュアールとの交流から第二次大戦中に書かれました。長年この作曲家に取り組んできた自分には大切な一作です」
圧迫された人々の苦しみを描くカンタータ「人間の顔」は、飛び切りの難曲。なればこそ、修練を積むプロ集団のハーモニーで聴いてみたい。
「ありがとうございます。僕自身は高校生の段階で合唱に目覚めました。訓練された個々人の声が合わさり、束になり、マスになったときの重厚感や崇高さに魅力を感じました。音色も無限ですし、オーケストラの響きとは全く違う膨らみ、耀き、呟きがありますね!」
続いて、もう一つのメイン曲はシェーンベルクの「地には平和を」。1911年の初演で「作曲者最後の調性作品」と謳われている。
「まさに、シェーンベルクが12音主義、無調に向かうぎりぎり手前の時期の作で、ニ長調の調性のもとに音やハーモニーの複雑さがあり、声の使い方を極限まで活かした名作です。作曲者は『平和に対するユートピア』を描きたかったのでしょうね。なお、今回演奏する他の二つ、プーランクの『フランスの歌』とリゲティの『ルクス・エテルナ』も、音楽の趣きはそれぞれ異なっていまして…」
確かに。わらべうたのような味わいの「フランスの歌」と…
「はい。『ルクス・エテルナ』はメロディが無いですよね(笑)。誤解を恐れず言えば、音遊びとか音の実験工房といった感覚で迫る曲でしょう。一方、シェーンベルクやプーランクは、楽曲の最後に光を当てる形で書いていて、そこで人間の希望や理念を表しているようです。お聴き逃しなく願います」
最後にひとつ質問。「和を尊ぶ」コーラスの世界だが、福島県の会津出身のマエストロとしては、団員勢の関西人特有の押しの強さをどう思う? 大阪出身のインタビュアーとしては敢えてお訊ねを。
「いま、市民文化振興財団の面々が笑ってます(笑)。基本は、一人ずつ話をしっかり聴くことかな。大変ですが(笑)。でも、いろいろなタイプの『人の声』が集まった時の感動こそが、いまも自分を合唱の世界に引き留めていますので、ご来場の皆さまには、プロの全力投球ぶりを体感して下さればと思っています!」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2025年9月号より)
神戸市混声合唱団 秋の定期演奏会「人間の顔~戦後80年に捧ぐ」
2025.9/14(日)15:00 神戸文化ホール
問:神戸文化ホールプレイガイド078-351-3349
https://www.kobe-bunka.jp/hall/

岸 純信 Suminobu Kishi
オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。

