
ドイツ・ミュンヘン在住のピアニスト、川﨑翔子の最新盤『Die Tastenkunst ー鍵盤芸術の極みー』(妙音舎)はショパン「12の練習曲 作品25」の間にドビュッシー、リゲティの練習曲(エチュード)をはさんだ合計22曲からなる。本盤は、音楽学者の瀧井敬子氏が岡山県真庭市、山形県長井市を拠点に「福祉と藝術」の理念を極める「グラチア・アート・プロジェクト」の一環で、収録は2024年6月の長井市で行われた。ピアノは瀧井氏が同市に寄贈したスタインウェイ、ジャケットには岡山県の児童心理治療施設「津島児童学院」の子どもが描いた絵が使われている。ちなみに川﨑は2013年に瀧井氏が創設、演奏だけでなく福祉活動にも意欲的な若手奏者を対象とした「グラチア音楽賞」の第1回受賞者でもある。
「東京藝術大学在学中から瀧井先生の授業は受講していましたが、博士課程以降、先生が企画された音楽イベントに出演するうちにお声がかかり、グラチア・アート・プロジェクトでのCD録音が始まりました」
最初は佐野隆哉(ピアノ)とのジョイント盤、以後ソロ2点をリリース、今回の練習曲集が川﨑にとってシリーズ4作目となる。
「最初は右も左もわからなかったのですが、どうやら細かく録り分けるのは苦手で本番さながら、通しで収めるのが向いているようです」
子ども時代のチェルニーに始まり「練習曲は昔から好きでした」という。新譜の照準をショパンの作品25に合わせた時「これだけでまとめたくはない」と考えた。
「ショパンの影響を受けたドビュッシー、ショパンとドビュッシーを強く反映したリゲティを『混ぜてみよう』と思いついたのです。調性や構造の脈=系譜をつなげ合わせる過程で音楽がどんどん自分の中で消化され“大きな練習曲集”に発展しました。1つの練習曲が前後の作品からの反射を受け、万華鏡のように変化します。今はアルバムをダウンロード、それぞれの聴き手が好む順番に編集して聴くのが普通ですが、こと『Die Tastenkunst』に関しては私が決めたままのオーダーで、22曲を聴いていただきたいです」
6月末には長井市民文化会館ホールで瀧井氏が監修と台本原案を手がけたドラマ形式のコンサートに出演、ラインベルガーのピアノ協奏曲の「おそらく日本初演」を阪哲朗指揮・山形交響楽団と行った。「ラインベルガーの出身国リヒテンシュタインと長井市が友好協定を結んでいる縁、これも瀧井先生のアイディアです」。私生活ではスロバキア人ピアニストと結婚、「静寂に包まれ、音楽と社会が直結している」ドイツの豊かな環境の中で、ソロだけでなく連弾、2台ピアノ、ヴァイオリンとチェロとのピアノ三重奏など多彩な角度から音楽と向き合う日々という。11月には岡山、来年2月には東京でCD発売記念のリサイタルも予定する。
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2025年8月号より)
江東ゆかりの芸術家コンサートvol.4
川﨑翔子ピアノコンサート~饗宴 ヨーロッパへの誘い~
2025.9/6(土)14:00 ティアラこうとう(小)
問:ティアラこうとうチケットサービス 03-5624-3333
https://www.shoko-kawasaki.info
CD『Die Tastenkunst ―鍵盤芸術の極み―』
妙音舎
MYCL-00058
¥3410(税込)

池田卓夫 Takuo Ikeda(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
1988年、日本経済新聞社フランクフルト支局長として、ベルリンの壁崩壊からドイツ統一までを現地より報道。1993年以降は文化部にて音楽担当の編集委員を長く務める。2018年に退職後、フリーランスの音楽ジャーナリストとして活動を開始。『音楽の友』『モーストリー・クラシック』等に記事や批評を執筆する他、演奏会プログラムやCD解説も手掛ける。コンサートやCDのプロデュース、司会・通訳、東京音楽コンクール、大阪国際音楽コンクールなどの審査員も務める。著書に『天国からの演奏家たち』(青林堂)がある。
https://www.iketakuhonpo.com



