INTERVIEW 村上淳一郎(おんがくの寺子屋 座長、ヴィオラ)

リハーサルから本番までのすべてを公開!?
眼前で繰り広げられるナマの音楽づくり
クラシック音楽への接し方が変わってゆくきっかけになるかもしれない。そんな大きい期待さえ覚えてしまうくらいに、生の音楽体験に対する新しい視野と方法論を提示するのが「おんがくの寺子屋」である。2021年秋よりNHK交響楽団首席奏者を務める、名ヴィオリスト村上淳一郎が「座長」となり、10~20人の参加者(弦楽器中心)と室内楽作品を取り上げ、毎年開催されている。開催地によって主催者は異なるものの、村上を中心とする「寺子屋」というあり方は共通しており、2025年5月中旬には 大阪・箕面で4日間の公開リハーサル(5/13~5/16)と演奏会(5/17)からなる「おんがくの寺子屋みのお」が開かれる。
「寺子屋」の立ち上げは2018年、村上がケルン放送響ソロヴィオリストだった時期であり、彼がもっているものを伝える場を作りたい、ということから、関西は神戸で開催することになった。村上のアイディアは、いわゆる「マスタークラス」とはまったく異なるものだった。
「音楽家は長い時間をかけて曲に取り組みます。一人で譜読みを始めて、合奏全体の中で自分がどういう役割を担うのかを想像し、いざリハーサルになるとイメージの違いもあったりして、すり合わせが本番まで続く。そしてそんなに時間をかけたのに、本番は大体1回しかない。ぼくたちがやっている音楽作りの過程には 、そういったステップの中に、何かのきっかけで突然うまくいくようになったり、本番まで成長し続けるといった“ドラマ”がある。その感動を、お客さんにも知ってもらえたら、という思いがありました。そこで、最初のリハーサルから全部開放して、まだうまく合わないバラバラな状態も含めて、ここから始まってどうすり合わせていくか、というドラマを見てもらいます」



聴衆の存在が演奏者の意識を変える!
さらにユニークなのは、リハーサルの最中に見学者が質問や意見もできること。歩き回って演奏者の後ろから譜面を覗いても、ホール内を移動しながら聴いても、会場が許す場合はなんと飲食すらOKという。「クラシックは敷居が高いと思われている中で、やっちゃいけないといわれていることを全部OKにしている」と笑う。
「ぼくらもリハーサルから聴く人を意識することで、話し方や発言内容がより緊張感をもって思慮深くなっていくし、音でわかるようにも演奏するし、とてもいい刺激になります。そういう過程を経て本番を観ると、感動もひとしおのはずです。最初のリハーサルから変化していくドラマを体験したら、単に音楽の楽しみだけではなくて、いろんな分野の人にとっても自分の生活に戻ったときに、何かしらのヒントや力になると信じています。リハーサルこそ音楽家だけで独り占めするのはもったいないと、回を追うごとに確信を得ているところです」


計り知れないエネルギーを持つクラシック音楽と対峙する僕たちを見に来てほしい
座長という立ち位置も、先生が生徒を教えるという構図のマスタークラス的なものとは違い、自らその場の中心にいて同じ目線でやっていくという意思が込められている。このやり方には村上自身、得るものがものすごくあると強調する。
「教えたり皆をリードしたりすることは、自分の演奏活動自体よりも学ぶことが多いくらいで、“教えることは学ぶこと”と実感しています。常に他の人の感性に触れて、問題が出たときにどうやって乗り越えるかを自分のこととして考え抜いて、余分なものを削って大事な部分が結晶化したものを発することで、それをまた自ら再認識するという循環です。ぼく自身が『寺子屋』によって得られる成長はすごいものがあります。もしもこれをやっていなければ、自分の演奏もかなり違っていたと思います」
この活動が音楽家の間でも知られてきて、継続して参加する奏者も多いという。「時代や洋の東西をこえて、いまなお演奏されているクラシック音楽は、人類の宝みたいなものです」という村上の思いが共有されている証しだろう。
「クラシックの持つエネルギーは、一般的に多くの方が抱くエレガントで優雅なイメージよりもはるかに強大で、情念とか痛みとか醜さも含んだ、人間の清濁併せ持つ、ものすごいものです。一方では、この世のものとは思えないほどに純粋な美しさ、あるいは宇宙的なもの、神秘的なものとか、人間の精神の一番深い部分がある。魂まで入ってくるような作品たちを、耳で聴くだけじゃなくて、全身に浴びて体験してもらいたい。これは『寺子屋』に限らず、ぼくたちが演奏時に常に考えていることで、そうやって曲と取り組んでいることをぜひ見に来てほしいです」
さらに、音楽という芸術について、「絵画や文学などはそれ自体で完成されていますが、音楽は楽譜しか残っておらず、書かれた五線譜を美術館に飾っても音は味わえません。そこが他の芸術と違い、完成させるためには必ず演奏家と聴衆の存在が必要。生きている人間が関わることで完成させる芸術、という思いで弾いています。」と村上は熱を込めて語る。それを体現するためにどんなドラマが展開されるのか、その生々しいドラマがいかに超越的な芸術体験を生み出すのか、これ以上の形で体感できる場もそうそうないだろう。しかもそのためのハードルは高くない。「気軽に来てほしいです!」という村上の情熱あふれる音楽創生の場、ぜひとも体験してほしい。
取材:編集部 文:林昌英
写真提供:箕面市メイプル文化財団
「身近なホールのクラシック」
おんがくの寺子屋みのお 室内楽演奏会
2025.5/17(土)14:00 箕面市立メイプルホール
出演
座長:村上淳一郎(NHK交響楽団首席ヴィオラ奏者)
ヴァイオリン:岡本伸一郎、原田潤一、戸上眞里、森田真梨恵、阿佐聖姫子、中屋響
ヴィオラ:南條聖子、中田美穂、岡本名那子
チェロ:細谷公三香、大西泰徳、高井景子
司会:原典子(音楽ジャーナリスト)
プログラム
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第6番より(ヴィオラ四重奏版)
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第9番 op.59-3
ブラームス/弦楽五重奏曲第2番 op.111
ボッケリーニ/弦楽五重奏曲 ホ長調 op.11-5
料金《全席自由》
一般:2,000円(メイプルフレンド会員1,800円)
大学生以下:1,000円
※未就学児の入場はご遠慮ください
令和7年度箕面市生涯学習講座(春の講座)
おんがくの寺子屋みのお オープン・リハーサル
~ふらっと立ち寄れる音楽の広場を目指して~
2025.5/13(火)~5/16(金)各日11:00~20:00 箕面市立西南生涯学習センターホール
受講料:無料(事前申込不要、当日先着順、出入り自由、0歳から入場可)
定員:各日80名
問:箕面市メイプル文化財団072-721-2123
https://minoh-bunka.com