音楽で心と心を繋ぐ——4年にわたる協奏曲演奏会
「好きのかたちが変わった。いまは音楽がものすごく好き」と小山実稚恵は言う。「ピアノを弾くことよりも、音楽性をより深く求めるようになった。音楽とはなにか——。思いを伝えることが大切だと思う」。パンデミックのさなかにもその思いは強まった。「私は人生が順調すぎたから、自分ではどうにもならないなにかに直面したとき、本当に対するべきものがみえてきた」。
だからこそ、いま取り組みたいのはコンチェルト。年間60回ほど行うコンサートのなかでも、50%から60%が協奏曲だという。「他の音楽家と接することで得るものがあり、自分の音楽観が変わっていく」。
この秋に立ち上げる「Concerto〈以心伝心〉」は、2022年から2025年まで、毎秋さまざまな協奏曲を採り上げる4回シリーズ。チャイコフスキーとショパンのコンクール入賞から40周年が、それぞれ始まりと終わりの年となる。翌26年に開館40周年を迎えるサントリーホールとは、シリーズ続篇も見越して着実な歩みを重ねていくという。
「心を伝え、心を受けとる。基本にもどって、素直な気持ちになれる作品と人たちと組みたい」。そうなると、まずは指揮者ありきだ。60曲を超える協奏曲レパートリーのなかから、とりわけ愛する作品を、心通う演奏家たちと織りなしていく。
初回は今年10月、「学生時代からの親友」大野和士と、「節目節目の曲」ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番に心新たに臨む。同曲とは対照的に、幕開けに披露されるのがメンデルスゾーン若書きの第1番というのもいい。今回も共演する東京都交響楽団と、1991年に名匠ジャン・フルネの指揮で演奏したのを客席で聴いていた大野からの提案で、小山自身それ以来、初めての再演となるそうだ。「自然とやさしさが宿った作品。なによりもピアノに逆らわず、気持ちに逆らわない美点がある。本来のクラシックの気品を感じる」。
2023年の第2回は、小林研一郎とのベートーヴェン。熱き指揮者との共演は数知れないが、「一回一回の音楽に情念をふり絞る感覚」につねに畏敬の念を抱いてきたという。こちらも馴染みの日本フィルハーモニー交響楽団との第3番と第5番「皇帝」が堂々と組まれている。近年とみにベートーヴェンへの集中を深めてきただけに、このたびはどのような一期一会となるか。
いろいろ話したけれど、「それはやっぱり、好きだから……」という彼女の言葉が芯に残った。好きというのは責任でもある。小山実稚恵はその喜びを、この先も愛するピアノを通して真率に証し続けることだろう。
取材・文:青澤隆明
(ぶらあぼ2022年8月号より)
小山実稚恵 サントリーホール・シリーズ
Concerto〈以心伝心〉 2022〜2025 第1回
2022.10/29(土)16:00 サントリーホール
問:サントリーホールチケットセンター0570-55-0017
https://suntory.jp/HALL/