アレクサンドル・カントロフ(ピアノ)

人生の何たるかを物語る壮大な旅

(c)Sasha Gusov

 初夏になれば、アレクサンドル・カントロフがやってくる。リストの天才が多種多様に描かれるプログラムを携えて。昨秋の来日ではブラームスの初期作に「ダンテを読んで」を鮮烈に織り込んだが、今回はバッハ、シューマン、スクリャービンが行き交うさらに壮大な文脈だ。

 悲しみがあり、救済があり、生と死の強い葛藤があり、創造の神秘がある。悲劇的なプログラムともみられる。

 「ええ、そのとおりです。戦争のことを考慮したのではなく、ただ私がつねづね探求したかった音楽を組んだのですが、たしかに暗いプログラムではあります(笑)。ですが、異なる観かたを発見する旅でもある。リストやスクリャービンがみつめていた死後の世界は、哲学的な意味でそれぞれに感動的なものです。そうして後半は、音楽外の思考を音楽のプログラムに組み込むという、私にとってふだんとは異なる挑戦にもなります」

 始まりも終わりもリスト。バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」による変奏曲でまずは悲しみから出て救済にいたるものの、辞世の音楽を経て、「ダンテを読んで」で終わる凄絶な旅となる。

 「そうした文脈も少々考えましたが、説明し過ぎないようにしないと。これはポエティックなプログラムですから、標題的なことにとらわれず、聴いて感じるままに考えていただければと思います。ただ、全体にいくつかの音楽的な繋がりはあって、バッハのカンタータのモティーフにあらわれる半音階の下行は、リストの『悲しみのゴンドラ』でもスクリャービンでも用いられています」

 前半にはシューマン最初のソナタを組み合わせた。

 「形式面でも非常に発展的で自由な諸作のなかで、ソナタという古典的な感覚が変化を生むと思ったのです。といっても、この曲はある意味とても自由で、奇妙なバランスが見出せますし、半音階への執着もみられる(笑)。一種の狂気もあれば、両義的な性格も、シニシズムもあって、深遠で抒情的な作品です。最初は直観で選んだのですが、他の作曲家の発想からそうかけ離れてはいなくて、差異だけでなく繋がりも感じられます」

 後半では、ロシアのコラールによるリストの「別れ」「悲しみのゴンドラⅡ」に臨み、スクリャービン最晩年の「焔に向かって」を経て、リストの「ダンテを読んで」に果敢に突き進む。

 「プログラムの第2部では、人生との別れを告げ、死後の世界へと直面していきます。私たちの知る世界との惜別です。そして、スクリャービンは『焔』と言っても破壊ではなく、大いなる神秘の啓示に近い宗教的な思考がみられるし、だからこそその後に大いなる闘いとも言うべきダンテの『インフェルノ』を弾く必要があります。生と死の激しい葛藤があって、芸術家は最後にはある種の勝利を得ます。しかし、長調の和音で結ぶのではなく、リストは空虚5度を置いている。闘いに勝ったのか負けたのか、生きているのか死んでいるのかといった結論よりも、ここにいたる旅の全体が人生の何たるかを物語っていると私は思います。大好きな日本で、しかも前回とはかなり趣の違うプログラムを演奏できるのは、とても幸せです」
取材・文:青澤隆明
(ぶらあぼ2022年6月号より)

アレクサンドル・カントロフ ピアノ・リサイタル
2022.6/28(火)19:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
6/30(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:カジモト・イープラス050-3185-6728

2022.7/1(金)19:00 愛知県芸術劇場 コンサートホール
問:テレビ愛知事業部052-229-6030
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