オペラ《禅〜ZEN〜》金沢で世界初演
1月23日公演レポート

文:潮博恵(音楽ジャーナリスト)

 禅の世界が音楽でどう表現されるのかに注目が集まったオペラ《禅~ZEN~》の世界初演。全3幕にわたる作品は、明治から昭和初期の激動の時代を背景に、仏教思想家の鈴木大拙を中心に妻のビアトリスや盟友の哲学者 西田幾多郎、さらには乃木希典陸軍大将やGHQのダグラス・マッカーサーなど多彩な登場人物との交わりを8つの場面で描き分け、壮大な音楽絵巻となって結実した。一般的な禅のイメージといえば静的で簡素な世界だが、映画やドラマの音楽を多く手掛け、ジャズも手中に収める渡辺俊幸による音楽は、メロディアスに様々な音楽要素が交差するリッチな世界。対照的に三浦安浩による演出は、書家の金澤翔子が描いた無限を想起させる円相(環)をベースに有限を想起させる額縁のような枠が組み合わされたシンプルな空間で展開された。このように異なる性格の音楽と演出が一つに溶け合い、最終場で圧倒的な法悦へと至る過程が最大の見どころだ。鍵になったのは「ワンダフル」という歌詞で繰り広げられる合唱。大拙の思想のキモは、ものを見るときに主体と客体に分けるところから出発するのではなく、その奥にある主客未分の源へ遡って見ようという点にある。彼はこの境地を「妙」と呼び「ワンダフル」と表現した。この世の究極を音楽で表わそうとした先例には、ワーグナーの《ラインの黄金》の冒頭やマーラーの「千人の交響曲」における「神秘の合唱」などがあるが、本作品の「妙」の表現もそれらに比肩する聴き応えが十分、そして「妙」が意味するところの囚われのなさや安らぎ、無限の広がり、その現代社会へのメッセージ性こそが、今このタイミングで本作品が誕生することを後押ししたのだと思う。

左:コロンえりか(ビアトリス) 右:伊藤達人(鈴木大拙)

 オペラの楽しみといえば声の競演だが、本作品はテノールの大拙(伊藤達人)の周りに幾多郎(今井俊輔)、釈宗演(高橋洋介)、乃木希典(原田勇雅)の3人のバリトン、バスのマッカーサー(森雅史)が配されている。若手実力者で固められた彼らの個性や声質の違いが生み出す多層的な世界も大きな聴きどころとなった。妻ビアトリス(コロンえりか)とのオペラに欠かせない愛の場面も甘いメロディでたっぷり聴かせ、「ワンダフル」と並んで私の頭の中ではリフレインが続いている。当初予定されていた指揮のヘンリク・シェーファーが感染症の影響による入国制限で出演不可能となったため、代わりにタクトを執った鈴木恵里奈指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢が色彩豊かな音世界を美しく浮かび上がらせ、全体を牽引した。

〈今後の公演〉
オペラ《禅~ZEN~》 高崎公演
2022.2/6(日)15:00 高崎芸術劇場
問:高崎芸術劇場チケットセンター027-321-3900
http://takasaki-foundation.or.jp/theatre/