斎藤雅広がデビュー40周年を迎えてリリースするアルバムのテーマは、どこか妖しげで大人の雰囲気漂う“夜会”。メインの収録曲は、プーランク「ナゼルの夜会」とシューマン「謝肉祭」だ。
「これを取り上げようと思っていたある日、夢を見たんです。パーティーに出かけると、亡くなった叔母がいて、ミケランジェリに会っていきなさいと声をかけられた。すると本当に彼がいるので、喜んで話をして、最後別れの挨拶の際に彼に触れたら、ものすごく冷たくて。その瞬間、これは着飾った死者のパーティーだったのだと気づいたのです。目覚めた後考えました。『謝肉祭』も『ナゼルの夜会』も、あの時代の人物を描いた作品集だけれど、今は当然みんな亡くなっている、つまり幽霊船上の舞踏会のような捉え方もできるのではないかと。そして、亡き人を今にバーチャルで蘇らせるのではなく、自分が死者のパーティーを訪ねる感覚で表現するほうが、もっとロマンティックで面白そうだと考えたのです」
幕開けに選んだのは、スクリャービンの「ワルツ op.38」。
「ソナタ4番と同じころに書かれた、背徳的な香りのする作品。夜の世界にお招きする入口の曲としてはぴったりです(笑)」
演奏にオリジナリティあるアプローチを前面に出す意義について、斎藤はこう語る。
「最近、演奏能力を見せるとか、何かを取り上げる使命感の要素がメインの演奏会があまりに多いと思います。純粋に、ピアニストが自分の世界を堂々と出し、そこに聴く人を“招く”感覚、ロマンティックな音楽性が失われつつある。そういう演奏を聴きたかったら、フランソワやコルトーといった古い録音しかないのは、さみしいことです。僕はオールドスタイルな演奏が好きなので、できる限りそんな世界に近づき、録音に残したいと思いました」
例えば「ナゼルの夜会」は、プーランクがよく共演したバリトンのピエール・ベルナックの濃厚な歌を念頭に、独自の表現を試みた。
「プーランク自身、この作品をあまり気に入っていなかったという話もあります。でも、私はすごく素敵な曲だと思う。その感覚に従って思い切りストーリーが眼前にひろがるように弾いてみたので、プーランクがこれを聴いたら、意外と気に入ってくれるのではないかと(笑)」
2018年は年男でもあるという斎藤。さまざまな節目を迎え、真っ向から大曲に向き合う形となった。
「演奏活動において、質の高いエンターテインメントを届けることを大切にしてきたので、アルバムにも、みなさんが喜んでくださる小品を収録することが多かった。一方今回は、弾きたい曲で個性を出す録音をしてみました」
録音は、ベストな環境だと感じるヤマハホールで行った。
「録音技術の観点から、響きがない場所で録って調整したほうがいいという考えもありますが、私の立場からいうと、イメージが広がりやすい響きの中で録音したい。メンテナンスの行き届いたピアノが最適なホールに置かれている、最高の環境でした」
久しぶりに自身の想いにフォーカスした録音。エネルギッシュな斎藤の音楽性がいっぱいに詰まっている。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2018年2月号より)
【CD】
デビュー40周年記念アルバム
斎藤雅広『ナゼルの夜会』
ナミ・レコード WWCC-7859
¥2500+税
2018.1/25(木)発売