“さすらい人たち”の曲から聞こえる“絶望的な憧れ”
北村朋幹がヤナーチェク、ショパン、クルターグ、バルトークという東欧の作曲家にシューベルトを挟み込むというこだわりのプログラムでリサイタルを行う。その意図は…。
「2016年後半はシューベルトとショパンを弾きたいと決め、精神面の準備はずいぶん前からできていました。私は演奏する作品がもつ世界のなかで毎日生活をしているという感覚を抱くことが大切だと考え、近い時期に同じ曲を何度も弾くよう心がけています。シューベルトは、今もっとも演奏したい欲求に駆られる作曲家であり、作曲家が詩から得たインスピレーションを再構築したいのです」
全体の構想は、試行錯誤を繰り返した。
「シューベルトの清らかで真っ白な1曲目の前には、そこからもっとも遠い世界、黒鍵だらけのテクスチュアで生々しい血の匂いがするヤナーチェクを選びました。シューベルトの最終音の異名同音調から始まるショパンのマズルカは最高級の音楽で、心惹かれます。踊りから連想したのはバルトークの『舞踏組曲』。バルトークの色々な作品を弾いていくうちに、自分の嗜好や傾向が深く狭くなってきていることに気づき、今回はこの状況を脱するために、編曲の手を加えてみようと思い立ちました。クルターグは現存の作曲家のなかでもっとも尊敬しているひとりです。彼の演奏はことばで表現できない美しさと厳しさがあり、その秘密がこの曲集に隠されていると思います」
作品論に関して、その内容の深さに関して、北村の熱弁は尽きるところを知らない。今回の選曲に関し、彼は「どこにも属さないさすらい人たちのプログラム」と表現している。
「音楽は、現実世界では触れられないものを描く芸術だと考え、すべての音楽は究極的には同じものを目指しているのではないかと思います。今回のプログラムはその“絶望的な憧れ”が色濃く打ち出されているかもしれません」
現在、ベルリン芸術大学で研鑽を積んでいる北村。「年齢的にも、学校で何かを学ぶよりも自分に必要なものを自分で見出し、それを吸収、克服する時期にきている」と語るが、学校では古楽も学んでいる。
「学校にはクララ・シューマンが使ったフォルテピアノがあり、夢のような音がします。それに触れることにより、モダンピアノを弾いたときにインスピレーションが湧くのです」
数多くの演奏会に足を運び、自己との一途な対峙に時間を費やす。そんな彼の一種の美学ともいうべき精神が凝縮した今回の選曲。各曲への思いが深い響きとなって届けられる。
取材・文:伊熊よし子
(ぶらあぼ 2016年10月号から)
10/14(金)19:00 ヤマハホール
問:ヤマハ銀座ビルインフォメーション03-3572-3171
http://www.yamahaginza.com/hall