高野百合絵(ソプラノ)&マリオ・ロハス(テノール)、兵庫芸文《カルメン》の主役二人にきく!

西宮から世界へ――佐渡裕芸術監督のもと、チーム一丸となり作り上げるステージ

 日本オペラ界の「西の雄」とも称される兵庫県立芸術文化センターでは、夏の名物シリーズとして「佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ」を連日上演するが、2026年はビゼー《カルメン》の新制作を予定。男の運命を変える野生の女カルメンの名は世界中に知れ渡っているが、今回の歌手たちは、その人物像をどのように捉えているのだろう? 表題役(ダブルキャスト)を務めるソプラノ、高野百合絵にまずは詳しく訊ねてみた。

高野百合絵

 「中学2年までスポーツ少女でしたが、ひょんなことから歌に関心を持ち、オペラ《カルメン》に出会いました。最初から最後まで主人公から目が離せなくて、『私がやりたいのはこれなんだ!』と気づきました。カルメンあってこその今の私なんです」

 ここまで一気に語ってから、今度はゆっくりと言葉を繋いだ。

 「この作品は演出プランによって解釈が違い、相手役のホセや乙女のミカエラがどういう存在になるかによっても変わってきます。だから、私の中でのカルメンは、実は『答えのない女』です。定型に収まらないと言いますか。ただ、どんな演出になろうとも、彼女は自分の軸たる『勁さ(つよさ)』を保つのでしょう。今の世の中だと、ときには周りの空気を読まなければと思ったりもしますが、カルメンはそんな感じでは絶対にないですね。カード占いで死のお告げが出て怖くても、肚の中には強い意志があり、それは決して変えない。そういった彼女の『気性』を舞台で表現できればと思っています」

 なるほど。歌いまわしにも演技にも高野が込めたいもの、それは「強い心根」なのだろう。では、声の面ではどう思うのか? カルメンの初演者は高音域に強いメゾソプラノであったけれど。

 「今の私はソプラノですが、もともとソプラノで始め、その後メゾソプラノに転向し、またソプラノに変わったんです。ちょっとややこしいですね(笑)。でも、声の区分は関係なく、常に『自分の声で歌いたい役』、それがカルメンなのです。大学生の頃から〈ハバネラ〉や〈セギディーリャ〉を歌ってきましたし、『カルメンを演じるための声はいつも自分の中にある』と感じています。どんな舞台になるか、まだはっきりしていませんが、稽古場で生まれる空気感を大切にしながら、プロデュースオペラでしか見られない『新しいカルメン』を作るつもりです。《カルメン》に接したことで私の人生が動き始めたように、皆さまもそんな瞬間を体験してくださればとわくわくしています!」


 続いては、そのカルメンを愛した男ドン・ホセについて。プロデュースオペラは2度目となるメキシコのテノール、マリオ・ロハスが、極めて率直に語ってくれた。

マリオ・ロハス

 「ホセは、今の自分の声では《蝶々夫人》のピンカートンと並ぶヘビーな役ですが、声にとって重くもあり、イデオロギーの面からも重いキャラクターだと感じています。軍隊に入ったホセは、もともと持っていた素朴な面を忘れてしまったようですが、幼馴染のミカエラに出会って、いっときそれを蘇らせますね。第1幕の二重唱で、ホセの母親からの手紙が紹介されるところ、音楽としてもあそこが一番好きなんです……自分も母一人子一人で育ちましたので」

 なるほど! あの清々しく麗しいメロディにほだされる人も多いだろう。

 「でも、その後すぐカルメンが出てきて、ホセは彼女に捕まってしまう。実生活の自分は危うい人には絶対に近寄らないようにしていますよ。女性に振り回されると日常がカオスになるからね。本当だよ!(笑)ですが、ホセは運命に逆らえなかった。母の愛に触れて良心を蘇らせた途端なのにね……ところで、自分がこのオペラで伝えたいのは『真実の在り方』です。真実は時に苦くもある。だから、大詰めの〈死の二重唱〉でも、楽譜は尊重しつつ、『人生の扉の向こうには何があるか分からない』という気持ちで突き進みたいです」

 ここで、スペイン由来の血筋であるロハスに、育った環境なども訊ねてみた。

 「生まれたのはメキシコシティですが、育ったのはトレオンという移民の多い町。スぺインやレバノンの出身者が多く、銀の精錬所で有名です。労働者の町で『メキシコの革命のゆりかごの街』とも言われているんですよ。5歳で父を亡くしたので、幼い頃から思い出の品を触っていました。万年筆やライター、そしてCDがたくさんあったので、それを聴いてみて、聴いた通りに歌ってみたら、学校の先生が『歌に向いているんじゃないかしら』と気づいてくださり、そこから今に至るんです。プロデビューは2016年に、あのマリア・カラスも歌ったメキシコシティの大劇場、ベジャス・アルテス宮殿でした(《ラ・ボエーム》のロドルフォ)。コロナの期間は皆さんと同じく大変な想いをしていましたが、だからこそ、大勢のお客さまの前で歌える喜びを毎回噛み締めています……女性首相の高市早苗さんが誕生したように、いま、女性の存在が日本でも改めて注目されていると思うのです。カルメンの強烈さに自分がどう立ち向かえるか、稽古場で必死に取り組み、臨場感あるステージをお見せしたいです! ご来場お待ちしています!」

取材・文:岸純信(オペラ研究家)


【Information】

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2026
ビゼー:歌劇《カルメン》
(全4幕/フランス語上演・日本語字幕付/新制作)

2026.7/17(金)、7/18(土)、7/19(日)、7/20(月・祝)、7/22(水)、7/23(木)、7/25(土)、7/26(日)
各日14:00 兵庫県立芸術文化センター

指揮:佐渡裕
演出:ロレンツォ・マリアーニ
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団

出演【ダブルキャスト】
カルメン:エカテリーナ・セメンチュク★ 高野百合絵☆
ドン・ホセ:ロベルト・アローニカ★ マリオ・ロハス☆
エスカミーリョ:マハラム・フセイノフ★ 髙田智宏☆
ミカエラ:ヴァレンティーナ・マストランジェロ★ 迫田美帆☆
フラスキータ:梨谷桃子★ 冨平安希子☆
メルセデス:山際きみ佳★ 林眞暎☆
レメンダード:水口健次★ 所谷直生☆
ダンカイロ:ロベルト・アックールソ★ 町英和☆
スニガ:伊藤貴之★ 湯浅貴斗☆
モラレス:的場正剛★ 仲田尋一☆
パスティア:相良アレキサンダー(全日出演)

合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団、ひょうご「カルメン」合唱団、ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団

★7/17、7/19、7/22、7/25 ☆7/18、7/20、7/23、7/26

3/1(日)チケット一般発売
問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255

兵庫県立芸術文化センター
https://www.gcenter-hyogo.jp/carmen2026/


岸 純信 Suminobu Kishi

オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。