別府の地から目指す、芸術を通じた共生社会 〜別府アルゲリッチ音楽祭が今年の概要を発表

テーマは「魂から魂へ、世界へ響け」

 第26回別府アルゲリッチ音楽祭(総監督:マルタ・アルゲリッチ)の東京記者発表が2月5日に行われ、ピアニストで同音楽祭 総合プロデューサーを務める伊藤京子(アルゲリッチ芸術振興財団理事長)や関係者らが出席し、概要を発表した。

別府アルゲリッチ音楽祭 総合プロデューサーの伊藤京子。
アルゲリッチとの交友はまもなく半世紀を迎える。

 会期は3月13日から6月13日まで。牛田智大(ピアノ)が出演する開幕公演のみ3月だが、ほとんどの公演は5月中旬から6月中旬に予定されている。ビーコンプラザ、しいきアルゲリッチハウス(別府)やiichiko総合文化センター(大分)他での計7公演、東京での1公演に加え、関連コンサートを水戸で開催する。

 「芸術活動は人間教育のインフラである」という信念のもと、開催されてきた音楽祭。伊藤は、「スタートした時には、このように、長きにわたってアルゲリッチが真面目にキャンセルもせず続けてくださるとは誰ひとり信じていなかった」と笑いつつ、当初からアルゲリッチがとても真剣に取り組んでいたと語る。

「今や、年間のスケジュールは大変立て込んでいるんですけれども、5月はまったく空白になっています。 別府のために、年間のうち1ヵ月はスケジュールを取ろうというアルゲリッチの思いが、関係者にも浸透しました。これはある種、奇跡だと思うのです」

Martha Argerich
マルタ・アルゲリッチ ©Rikimaru Hotta

 今年は「魂から魂へ、世界へ響け」というテーマが掲げられた。伊藤はその意味するところについて、アルゲリッチの想いを代弁した。
「世界中が本当に混沌とした、すさまじい暴力に満ち溢れた世の中になっています。 その中で、アルゲリッチは常に『調和すること、寛容の精神で共生していくこと』を念頭に置いていて、人の声に耳を傾けることの重要さをいろいろなインタビューでも、いま語り始めています。音楽、特にアンサンブルにおいては、耳をそばだてて、よく聴くことが基本。一般の社会に戻ったときも(同様で)、お互いの声に耳を傾ける、そういう習慣になっていくといいな、といつもアルゲリッチは話しています」

 日本でこうした音楽祭が長く行われていることを発信する必要性を感じ、昨年、『出会い ENCOUNTER』と題したBlu-rayをユニバーサル ミュージックから世界に向けてリリースした。アルゲリッチとシテ方観世流能楽師の大槻文藏(人間国宝)の共演による新作能舞を、ドキュメンタリーも交えて映像化したものだ。「芸術を通して日本の存在感というものを示していくことも、世界平和に繋がっていく一つの手段」と伊藤は考えている。

「日本には、大変多くのクラシックファンの方がいらっしゃいますが、俯瞰して見てみると、世界各国に対して強い発信力があるとは言い難い面があり、 私どももその点に大変苦労しました。(海外に向けて発信するために)どうすべきか考え、能とバッハの音楽を組み合わせ、熱海の能楽堂の後援をいただいて収録し、Blu-rayを作成しました。全く異なった文化でさえ、同じ魂を持つことで融合していくのだということを表現したかったのです。このリリースを通じて、世界で初めてアルゲリッチの名を冠した音楽祭が日本にあることが、広く認識されるのではないかと思います」

 本公演は全8公演。日本生命の協賛による「ピノキオ支援コンサート」の一環で開催される東京での「室内楽コンサート」(5/23)では、アルゲリッチとミッシャ・マイスキー(チェロ)、ジャニーヌ・ヤンセン(ヴァイオリン)によるピアノ・トリオという、何とも贅沢な顔合わせでオール・ベートーヴェン・プログラムが披露される。マイスキーは、川久保賜紀(ヴァイオリン)のしいきアルゲリッチハウス レジデント・アーティスト就任を祝うお披露目公演(5/26)にも出演。江口玲(ピアノ)も加わり、こちらも名手たちによるピアノ・トリオが堪能できる。iichiko総合文化センターで開催される「室内オーケストラ・コンサート」(5/29)には、当音楽祭と関わりの深い水戸室内管弦楽団が登場。アルゲリッチとベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番で共演する。そのほか、マルチな才能で注目を集めるクラリネット奏者の中ヒデヒト、群響首席ホルン奏者の濵地宗、世界的トロンボーン奏者・中川英二郎という、腕利きの管楽器奏者3人によるアンサンブルが楽しめるコンサート(6/7)に加え、彼らが地元の高校生を指導する「吹奏楽レッスン」(6/6)のような教育プログラムも組まれた。昨年の日本音楽コンクールを制した加藤皓介(ピアノ)らフレッシュな若手の登場も楽しみ。また、関連コンサートとして、水戸芸術館では水戸室内管弦楽団の公演も、大分と同じプログラムで2日間予定されている。

左より)和哥山剛(大分県芸術文化振興課 主幹)、伊藤京子、
宇田優香(日本生命保険相互会社)、五十貝一(ユニバーサル ミュージック合同会社)

 大分県は、戦国時代に領主の大友宗麟がみずからキリスト教に帰依し、宣教師たちによる布教に伴い音楽や医学などの西洋の文化がもたらされた土地。伊藤は、アルゲリッチという世界の頂点に立つ音楽家との縁について、「大友宗麟の魂が呼び寄せたのかもしれない」と象徴的に語る。「魂から魂へ」と響き合う機会は、500年前からの未来への贈り物でもあるのかもしれない。

 アルゲリッチ自身は、声高にことばで何かを語ることはあまりない。しかし、彼女のこれまでの演奏活動の軌跡をたどれば、現代社会において芸術が果たすべき役割を自ずと体現していることに、誰もが気付かされるはずだ。音楽祭の英語の正式名称は「Argerich’s Meeting Point in Beppu」。今年も音楽との新たな出会いが人と人を結びつける。

取材・文:編集部

第26回 別府アルゲリッチ音楽祭
2026.3/13(金)〜6/13(土)

[別府]しいきアルゲリッチハウス/ビーコンプラザ
[大分]iichiko 総合文化センター/平和市民公園能楽堂
[東京]すみだトリフォニーホール
問:アルゲリッチ芸術振興財団 0977-27-2299
https://argerich-mf.jp