ぶらあぼブラス!vol.41 東海大学付属高輪台高校吹奏楽部
「赤い王者」が初めて挑んだマーチングバンドの聖地

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

「高輪ファイトー!」「頑張れー!」
 そんな大歓声の中、さいたまスーパーアリーナの広大なフロアに、赤を基調とする衣装を身にまとった150人の部員たちが走り込んでいった。

 東海大学付属高輪台高校吹奏楽部。全日本吹奏楽コンクールや全日本マーチングコンテストなど吹奏楽連盟が主催する全国大会で何度も金賞に輝く東京の強豪バンドだ。

 着用する衣装の色から「赤い王者」とも称される高輪台だが、日本マーチングバンド協会が主催するこのマーチングバンド全国大会は、なんと今回が初出場。

 顧問の畠田貴生先生も部員たちにこう伝えていた。
「自分たちは王者じゃなくて、チャレンジャーだ」

 記念すべき挑戦者としての第一歩——2025年12月7日、名だたる全国の強豪マーチングバンドが集う「聖地」に、ついに高輪台は足を踏み入れたのだった。

悔しさを原動力に新しい歴史を作る

 吹奏楽連盟が主催する大会ではトップバンドとしての存在感を揺るぎないものにしている高輪台が、なぜ「アウェイ」とも言える新たなフィールドに挑んだのだろうか?

 実は、高輪台は昨年までもマーチングバンドの大会にエントリーしていたが、関東大会止まりだった。ところが、昨年の関東大会では、代表まで僅差の次点。全国大会にあと一歩というところまで到達した。

 今年のマーチングリーダーのひとりで、スーザフォンを担当する大宮太陽(3年)はこう語る。

「以前は、この大会に『部員全員で出られることに意義がある』という感じで出場していました。でも、去年の関東大会で惜しい結果になった後、畠田先生が『じゃあ、来年は全国大会に行くしかない』と宣言し、僕らも『やってやろう!』という気持ちになったんです」

大宮太陽さん

 吹奏楽コンクールは55人、マーチングコンテストは81人という人数制限があるが、マーチングバンドの大編成は150人まで出られる。全部員で挑戦できるということには大いに意義がある。

 さらに、今年は高輪台がこの大会に闘志を燃やす理由があった。

 高輪台は「吹奏楽の甲子園」、全日本吹奏楽コンクールで昨年まで3年連続金賞だったが、今年10月の同大会は銀賞に終わったのだ。トレードマークのステージ衣装「赤ブレ」のように、華やかで目の覚めるような快演だったが、結果は願っていたものとは違っていた。

 太陽も全日本吹奏楽コンクールに出場していた。

「すべてを出しきった演奏でした。悔しい結果になってみんなも落ちこんでいる感じがありましたし、泣いている人もいました。その約2週間後がマーチングバンド関東大会だったので、みんなで『全国大会行くしかないね』と誓い合いました」

 コンクールが終わると、落ち込み続けている暇もなくマーチングシーズンが訪れる。関東大会までに残されたわずかな日々、高輪台の部員たちは抜群の切り替え力と集中力で猛練習し、本番に挑んだ。

 太陽は言う。
「全国出場がかかった大一番でしたが、高輪台の武器であるサウンドはかなりいい感じで響いていたと思います」

 高輪台は、スペインの音楽をフィーチャーしたショー《フィエスタ・エスパニョーラ》を情熱的に披露。結果はネットでの発表だったため、部員たちは学校に戻ってそのときを待った。

「畠田先生が結果を確認した後、『全国決まった!』と言ったので、みんなで泣いたり抱きあったりして喜びました。マーチングリーダーとしても報われた気持ちになりましたし、コンクールが悔しい結果だった分、ここでひとつ新しい歴史を作れたなと思いました」

 こうして高輪台はマーチングバンド全国大会への切符を獲得したのだった。

 さらに追い風になったのは、11月に大阪城ホールで開催された全日本マーチングコンテストでの4年連続の金賞受賞だ。複数の大会が同時進行でおこなわれるめまぐるしい日々の中、高輪台は抜群の演奏力をベースとして好成績を重ねてきた。
 いよいよ次に高輪台が向かう先はさいたまスーパーアリーナ——マーチングバンド全国大会だ。

「兼業」カラーガードたちの誓い

 マーチングバンドの大会とマーチングコンテストにはさまざまな違いがある。

 マーチングバンドの大会には規定演技はなく、「プロップ」と呼ばれるパネルや小道具を使うことができる。また、演技のみおこなう「カラーガード」が手具(ライフル・フラッグ・セイバーなど)を投げ上げることも認められている。衣装やメイクもかなり凝っている。

 マーチングバンド全国大会に出場する学校には、カラーガード専属の部員がいるところもある。年間を通じてカラーガードの練習を積み重ねているのだが、一方、高輪台のカラーガードは全部員が楽器奏者。この大会の期間のみの「兼業」だ。

 今年、カラーガードのリーダーを務める岡本匠玖(みく)は、普段はオーボエ奏者。全日本吹奏楽コンクールではイングリッシュホルンでソロも吹いたが、銀賞の悔しさに大号泣した。

「先生たちに『悔しいならマーチングで返せ』と言われ、この大会に賭けてきました」

 中学まではマーチングの経験がなく、昨年初めて全日本マーチングコンテストに出場。マーチングが好きになった。マーチングバンドの大会では高1からカラーガード担当だったが、本格的な演技を求められるようになったのは今年からだった。

岡本匠玖さん

「全国大会を目指すということで、今年から使う手具の数が大幅に増え、段違いに大変になりました。私自身もほかのガードのメンバーも経験のないことがたくさんありましたが、他校の動画などを見ながら研究し、『正解はわからないけど、とにかくやるしかない!』と頑張ってきました」

 マーチングバンドの大会では、パートごとに細かく審査され、点数で順位がわかる。高輪台は関東大会で代表に選ばれたが、演奏面が1位だったのに対し、カラーガードの点数は27校中13位と苦戦した。

「『全国大会はもっと点数を上げなきゃね』とみんなで話し合いました。初めての全国大会がどうなるかは私たちにかかっているので、ひたすら技術をつけるために練習を積み重ねてきました」

 ライフル型の手具を投げ上げ、回転しながら落ちてくるのをキャッチする「トス」も、関東大会では2回転しかできなかったが、全国大会直前で4回転半まで増やした。

4回転半を練習中

「ひとりずつトスしてキャッチするのを連続でやる場面があるのですが、ガード全員で『絶対キャッチする』と誓いました。強豪校のガードでもドロップ(手具を落とすこと)することはあるのですが、弱音を吐くと本番で落としてしまうので、敢えて『絶対』という言葉を使っていました」

 全日本マーチングコンテストで金賞を受賞してから2週間。凝縮した練習で高輪台は「150人のマーチングバンド」へと急速に変貌していった。

全国大会で炸裂した「高輪サウンド」

 12月7日、さいたまスーパーアリーナの巨大な会場でマーチングバンド全国大会が開催された。

 高等学校の部は人数によって小編成・中編成・大編成に分かれているが、高輪台は大編成の5番目に出場することになっていた。参加校はすべてマーチングの実力校ばかりだが、特に高輪台の後に控える東京農業大学第二高校(群馬)や神奈川県立湘南台高校、埼玉栄中学・高校(埼玉)などは超高校級のスーパーバンドとして有名だった。

 全国大会に臨むにあたり、太陽はこう意気込んでいた。

「強豪の前座にならないように、高輪台の武器であるサウンドで最初にぶちかまして、他校に負けないインパクトを見せつけてやりたいです」

 いよいよ出番が来て、高輪台の150人はさいたまスーパーアリーナのフロアに飛び出していった。多くのマーチングファンは高輪台が有名バンドだということを知っていても、マーチングの実力は知らない。果たしてどんなショーを見せるのかという期待感から、客席にはざわめきが広がった。

12月7日に行われたマーチングバンド全国大会での演奏

 マーチングでは中心となって指導する顧問の島川真樹先生の指揮で《フィエスタ・エスパニョーラ》がスタートした。音楽を重視する高輪台らしく、冒頭は吹奏楽コンクールの自由曲と同様にクラリネットソロからスタート。その後、爆発力のあるゴージャスなサウンドが場内に響きわたった。木管楽器と金管楽器の音が分厚く融合し、圧倒的な迫力を備えながらも決してうるさくはない、コンクールやマーチングコンテストを席巻してきた「高輪サウンド」だった。

 カラーガードたちも奮闘していた。匠玖たちが「絶対キャッチする」と誓ったライフルトスも見事成功した。ショーの終盤では、前方に集結して力の限り楽器を吹き鳴らす部員たちの姿に、観客たちも熱狂して拍手喝采を送ったり、拳を突き上げたりしていた。そして、ショーが終わった後には、観客たちは高輪台がいかに凄まじい力を持ったバンドであるかを理解し、口々に「すごかった」「びっくりした」とささやき合っていた。

 終演後、ネットで発表された結果は銀賞だった。しかし、同時に発表された点数を見てみると、激戦の大編成の中で5位という好成績。初出場にしては上出来すぎる結果だった。

 「赤い王者」ならぬ「赤い挑戦者」は、マーチングバンド全国大会という新世界にしっかりとその第一歩を刻みつけたのだった。


『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス

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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)

世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。