INTERVIEW 出口大地
—音へのこだわりが音楽の魂をつくる
東京音楽大学 TCMオーケストラ・アカデミー

 東京音楽大学のTCMオーケストラ・アカデミー、7月に音楽監督の尾高忠明が登壇したのに続き、9月には出口大地が客演した。2021年ハチャトゥリアン国際指揮者コンクール優勝以来、国内各地のオーケストラに客演し、フレッシュかつ誠実な指揮でいまや引っ張りだこの俊英指揮者である。出口はかつて東京音大で指揮を学んでおり、OBとして学校に戻り音楽で関われることを喜ぶ。スメタナ「モルダウ」とドヴォルザーク交響曲第8番のコンサートへの3日間のリハーサルのうち、初日のリハーサル後にその思いを語ってもらった。

©︎Shuhei Arita

――リハーサル初日の冒頭、東京音大OBとしての挨拶から始められていましたね。

 2016年3月の卒業以来、東京音大とお仕事で直接ご一緒する機会はほとんどありませんでした。在学年度でいえば2015年度まで在学でしたから、10年ぶりに戻ってきたことになります。しかも新しく中目黒キャンパスができて、環境も大きく変わり、正直いえば懐かしさはあまりなくて(笑)整いすぎて以前の印象とかなり違い、まだ楽屋に行くのに迷子になるくらいです(笑)

――この10年での変化は感じますか?

 指揮科はオケの授業を聴講しなくてはならず、毎週何時間も見ていましたが、何度も繰り返して一音にこだわる練習をよく覚えています。そのときは正直しんどいなとも感じましたが、プロの現場に出てみると、百戦錬磨の奏者たちの中で即座に結果を求められます。たとえば今回の「モルダウ」のような曲だと、できて当たり前のプロの世界で、これほど何時間もリハーサルする機会はあまりありません。こだわりながら何度もチャレンジできる時間があるのはすばらしいこと。それは東京音大の普段の授業から築かれてきた魂で、このアカデミーにも通じるところがあります。

©︎Shuhei Arita

――アカデミー生のリハーサルでの反応や雰囲気はいかがでしたか。

 TCMアカデミーのオケは、アマチュアともプロとも違う、音大オケに近い雰囲気なのかなと思います。まだ棒を見る経験の少なさは感じられますが、これはさまざまな指揮者の棒を数多く見て蓄積される能力だと思います。それでもリハーサルの中で理解が進んだあと、もう一度返したときに「ああ、こういう意味だったのか」とこちらのアイディアを共有してもらえた瞬間が何度もありました。そこにその場で指導してくれる多くの先生方の助言が加わります。僕にとっても勉強になるし、いい環境だなと思います。

――リハーサルでは硬軟織り交ぜながら細かく指導されていましたね。

 集中力をいかに引き出すかというのも指揮者の仕事で、あの手この手で引き出していかないと(笑)ただ、ここは学生とは違って、プロを目指すために集まった人たちです。私自身があまり厳しいことを言うのは得意ではありませんが、自分が何かを伝える立場になったときに、“プロを目指すなら言わなくてはいけないこと”があると考えています。一音へのこだわりがいい加減になると、もちろん命は取られませんが、音楽は死んでしまう。その覚悟を伝えないといけません。

 そうやって取り組むと、4時間のリハーサルで時間が余るかと思ったら、全然足りないくらいです(笑)。妥協せずに練習できる時間があるのはうれしいことです。

©︎Shuhei Arita

――ベルリン・フィルなど海外のアカデミーとの違いはありますか。

 ドイツの大きな楽団の多くにもアカデミー制度はあります。ただ、ほとんどは楽団の公演にアカデミー生が入って学ぶ形であり、ベルリン・フィルのようにアカデミー生だけでも独立した公演が成立する規模は稀です。東京音大のTCMアカデミーは、アカデミー生主体で舞台を作るのが特徴です。プロと学生の挟間で、プロの作法や責任の重さを確かめられる。そこが大きな魅力だと思います。

――今回のTCMアカデミー、本番に向けて、意気込みなどを。

 僕の指揮者としてのスタンスはいつも同じです。プロのオーケストラでも、アマチュアでも、アカデミーでも、いいものを作って、本番でいい演奏をすることを目指すだけです。3日間のリハーサルをフルに使って、4日目の本番で、このメンバーだからこそ出せる最高の演奏を実現したい。そしてアカデミーの皆さんが将来、各オーケストラに入り、プロの現場でまたご一緒できる日を楽しみにしています。


 本公演は緻密なリハーサルの成果が存分に現れた好演になり、終演後のアカデミー生の表情も明るく、マエストロ出口はアカデミー生たちに長く囲まれていた。出口自身がその手応えを語った。

©︎Shuhei Arita

―全体としてかなりの成果があった、すばらしい公演でした。

 リハーサルから本番に向けての集中力が高まり、とてもエキサイティングな本番になったと思います。
 ホールで何度もリハーサルができたことはとても大きかったですね。この美しいホールで最初のうちから音を出して調整していけるのは貴重な経験です。また、1回使った中目黒キャンパスの広い部屋も素晴らしい環境で、プロオケの練習にも使えるほどです。その練習場からホールに移るとまた音響や環境が変わるので、その対応力を養う機会にもなったと思います。

――本日のスメタナとドヴォルザークでも、音楽的で特別な高揚感がしっかり感じられました。出口さんの音楽づくりも大きかったと思います。

 僕としては、プロとかアマとかは関係なく、常に目の前の音楽に全力で向き合っています。その結果が聴く皆様に伝わったのであれば、本当にうれしいことです。
 本番を経て、奏者と指揮者という垣根を越えて、アカデミー生たちと音楽家として仲間になれたように感じます。これから今回のアカデミー生たちと、いろんな現場で再会できたらうれしいです。そのためにも、自分も現場に出続けていられるように、良い演奏を続けていきたいと思います。

取材・文:林 昌英

提供:デロイト トーマツ x TCMオーケストラ・アカデミー
   未来の音楽家育成プロジェクト

東京音楽大学 TCMオーケストラ・アカデミー
第18回 定期演奏会
2025.11/23(日・祝)14:00 東京音楽大学 池袋キャンパス 100周年記念ホール

出演
鈴木 秀美(指揮)
東京音楽大学 TCMオーケストラ・アカデミー

プログラム
ハイドン:交響曲第100番 ト長調 Hob.I:100 「軍隊」
ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55 「英雄」

問:東京音楽大学オーケストラ・アカデミー ticket-orchestra-academy@tokyo-ondai.ac.jp
https://teket.jp/g/7gb8f97r8e


林 昌英 Masahide Hayashi

出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。