ショパンコンクール2次予選を振り返って

高坂はる香のワルシャワ現地レポート 第4回

取材・文:高坂はる香

 ショパンコンクール2次予選。10月9日からの4日間にわたる審査を終え、3次予選に進出する20名の名前が発表されました。

結果発表に臨むギャリック・オールソン審査員長ら
©Haruka Kosaka

◎3次予選進出者 アルファベット順
Piotr Alexewicz ピオトル・アレクセヴィチ(ポーランド)
Kevin Chen ケヴィン・チェン(カナダ)
Yang (Jack) Gao ガオ・ヤン(ジャック)(中国)
Eric Guo エリック・グオ(カナダ)
David Khrikuli ダヴィド・フリクリ(ジョージア)
Shiori Kuwahara 桑原志織(日本)
Hyo Lee イ・ヒョ(韓国)
Hyuk Lee イ・ヒョク(韓国)
Tianyou Li リ・ティエンヨウ(中国)
Xiaoxuan Li リ・ シャオシュエン(中国)
Eric Lu エリック・ルー(アメリカ)
Tianyao Lyu リュー・ティエンヤオ(中国)
Vincent Ong ヴィンセント・オン(マレーシア)
Piotr Pawlak ピオトル・パヴラック(ポーランド)
Yehuda Prokopowicz イェフダ・プロコポヴィチ(ポーランド)
Miyu Shindo 進藤実優(日本)
Tomoharu Ushida 牛田智大(日本)
Zitong Wang ワン・ズートン(中国)
Yifan Wu ウー・イーファン(中国)
William Yang ウィリアム・ヤン(アメリカ)

 日本からは、桑原志織さん、進藤実優さん、牛田智大さんの3名が通過!
 そしてこの20名が選択しているピアノは、スタインウェイが12、カワイが6、ファツィオリが2という内訳。それぞれものすごく個性の違うピアノなので、音の鳴り、音質、ピアニストやレパートリーとの相性などもとても興味深いところ。
 ちなみに前々回、前回(こちらは途中からのルール変更)はピアノを変えることが可能でしたが、今回は基本的に変更不可となっています。しかしここはポーランド、もちろん最後までどうなるかわかりません。

スタインウェイのメインチューナーはヤロスワフ・ベドナルスキさん
©Haruka Kosaka

 さて、今回の審査は、前回とは採点と集計のルールが変わりました。2次予選までは基本的に、規定に基づいて算出された平均点を、名前は開示せずに上から順に並べ、審査員が同意して発表ということになっています。そのためNIFCの関係者は2次の発表前も、「ただの数字の計算だから、今回も1次同様、予定通りかそれより早く結果がアナウンスされそうだ」という口ぶりでありました。
 しかし結局は思ったよりも時間がかかった…その理由は風のうわさによると、20名のボーダーラインのところの数値が僅差すぎて、ここの調整で時間がかかったとか。規定上は、小数点第2位の0.01ポイント差で当落が決まってしまうことになるわけですから、実際にそのシチュエーションになれば本当にこれでいいのかとなるのも当然かもしれません。

カワイ調律師チームの奮闘も続く ©Haruka Kosaka

 そのようなわけで2次予選を振り返る前に、予選の新しい審査規定について、ごく簡単にかいつまんで紹介しておきます。
 過去のコンクールでは、点数とYes/Noで採点をしていましたが、今回はシンプルに1〜25の点数のみの審査。弟子には点数を入れることができません。
 各ラウンド、そのステージの演奏についての点数をつけて、1次はラウンド終了後、2次、3次は各審査セッション終了後に採点表を提出するとあります(全体を聴いてから点数を調整することはできないということなのかも)。そしていずれのラウンドでも、過去のラウンドの点を規定の割合で反映させて、その総合点で順位を割り出します。たとえば2次の結果は、1次を30%、2次を70%で総合させるそう。
 また、得点が平均点から大幅に乖離している審査員の点数は(1次はプラスマイナス2点以上、2&3次はプラスマイナス3点以上)、そのプラスマイナスに入る範囲内に点数が直され、平均値の集計に加えるとのこと。
 ちょっとややこしいですが、ルールはこちらに公開されていますので詳しく知りたい方はご覧ください。

 ただし3次以降、10名のファイナル進出者を決める段階では、「審査員の3分の2以上の要請があった場合、9〜12位の名前と平均点を開示して、ファイナリストを決める」ルールになっています。つまりこの先は結果発表まで時間がかかる可能性が出てくるということ。発表の配信をリアルタイムで見ようと思っている方は、覚悟しておく必要がありそうですね。

 そのようなわけで、一部のコンテスタントの評価が僅差だったことが窺えますが、実際、2次予選の40名を聴きながら、「みんなものすごくうまい…ごく一部のずば抜けた人はさておき、その他はどんなふうに評価を下すのだろう」と思わずにいられませんでした。

*****

 そんな2次予選を振り返ります。

 前の記事で書いた通り、このステージの演奏時間は50分以内、ポロネーズと「24の前奏曲」Op.28から6曲を入れることが必須となっていました。時間的には「24の前奏曲」全曲を入れることも可能で、その選択をした人は全部で10名。普通はこれにポロネーズを弾くと時間いっぱいになりますが、さらに一曲演奏して、多分50分をちょっとオーバーぎみでびちびちに演奏するダヴィド・フリクリ David Khrikuliさんのような方(そして3次に通過)もいました。
 また前奏曲を半分の12曲まで演奏する人、6曲を弾いて残りに個性的な選曲をする人など、それぞれが独自のセンスを見せていました。昔(といっても私は20年前からしかわかりませんが)はもっとみんな王道レパートリーばかり弾いていたような気がする…「ショパンコンクールの2次予選って、珍しい曲がこんなによく出てくるものだったっけ?」と思いながら聴いていました。
 これには、楽譜や音源などさまざまな情報が入手しやすくなったこと、また先生が、こうしろ、ああするなと生徒を縛ることが昔より減ってきたことが影響しているのかもしれません。
 おかげで、ショパンコンクールという場で実に多様な音楽を聴くことができるようになりました。

 ユニークな選曲でまず目立ったのは、前回の記事でも少し触れた、ショパンがまだワルシャワ音楽院の学生だった頃に書いたピアノソナタ第1番。初日のチャン・カイミン Kai-Min Changさん、2日目のイ・ヒョ Hyo Leeさん(イ兄弟の弟)、リ・ティエンヨウ Tianyou Liさんと3名ものピアニストが演奏。そしてLeeさんとLiさんのお二人が3次予選に進出! Kai-Minさんのくっきり鮮やかに描かれたソナタはとても素敵だったので、残念です。

Hyo Lee ©Haruka Kosaka

「初めて聴いたときから、このソナタからは多くのことが見出せると思った。エナジーに満ちて輝かしく明るいというショパンの初期作品の典型的な要素がつまっている。とくに2、3楽章はとても美しく、一度作品を理解できるとその良さがよりわかってくる」とヒョさん。
 ソナタではじめ、英雄ポロネーズで閉じたかったので、真ん中にプレリュード6曲を挟むことは自然と決まったと話していました。

 …気の早い話ですが、こうして5年後のショパンコンクールでもこのソナタが前よりも選ばれるようになるのかもしれません。今回、(前回優勝したブルース・リウが弾いた)「〈お手をどうぞ〉の主題による変奏曲」(ラ・チ・ダレム変奏曲)を弾く人が以前よりも増えた感じがするのと同様に。

 そんな「〈お手をどうぞ〉の主題による変奏曲」や、「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」を弾いてブリリアントな才能を示したのが、中国の16歳、リュー・ティエンヤオ Tianyao Lyu。頭に飾ったキラキラの星のイメージそのままの星屑のような音、みずみずしいタッチで、彼女にぴったりのレパートリーを披露。3次予選に進出です。

Tianyao Lyu ©Haruka Kosaka

 中国の16歳ではもう一人、ウー・イーファン Yifan Wuさんも3次予選に進出。
 今回はこうした中国のティーンエイジャーの存在が目立っています。
 みんな音がみっちりとして輝いていて、歌心も心得ている。しかし、例えばファイナリスト全員がこのタイプになったら、それはショパンコンクールとしては何かが違うのではないかという気がどうしてもしてしまう…。
 実際、結果的にファイナルには、1人か2人、若くてすごくツヤツヤした音を持つ10代が残るというケースがこれまでにも多いわけで、それはシンプルに審査員の感性がさまざまだからなのか、それとも審査員も個々に「全体のバランス」を考えて採点している結果なのか…などと考えながら、彼らのまぶしいショパンを聴いていました。

Yifan Wu ©Haruka Kosaka

 そういった意味で、まぶしいショパンとは別の世界を生み出し続けているのが、牛田智大さん。「ロンド・ア・ラ・マズール」はふわりとリズムを緩めたりしながら遊び心を織り交ぜつつ、しかしエレガントに。深く音楽の世界に没入していくような葬送ソナタ。続くプレリュード第19〜24番はもはや宗教曲のような風情で、我を救いたまえ…というささやきが聞こえてくるよう。そして最後に英雄ポロネーズで、品のある音質を保ちつつ華やかに弾き切っていました。3次予選に進出です。

Tomoharu Ushida ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 その意味で、続けて出てきたワン・ズートン Ziton Wangさんは、その真逆のタイプの音の持ち主。選んでいるピアノがボリューム豊かなShigeru Kawaiだということも手伝って、ボーンとホール中に溢れるような音が印象的です。選曲は、エコセーズOp.72や、20世紀に入ってから見つけられたという遺作の「Presto con leggerezza」WN 44など、演奏機会の少ない小品を散りばめ、ショパン最後のマズルカ op.68-4で静かに締めるという強いこだわりを感じるものでした。彼女もまた3次予選に進出。

Ziton Wang ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 日本からは、あとお二人のピアニストが3次予選に進出。
 ポーランドの聴衆から圧倒的な人気を集めている桑原志織さんは、優美なバルカローレに始まるプログラムで、プレリュードは第13〜18番をプログラムの間に挟むかたち。ときにポンと鳴らされる特別な美音で聴き手の心を鷲掴みにしつつ、1曲ごとに全く別の感情を味わわせてくれる充実のステージで、大喝采を受けていました。

Shiori Kuwahara ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 進藤実優さんは「24のプレリュード」を全曲演奏する選択。空気をたっぷりと含むような、呼吸するように進んでゆく音楽がとても自然で美しい! 英雄ポロネーズは、勢いのある堂々とした高貴な音が鳴り響きます。演奏後の弾き切った!という表情も印象的でした。

Miyu Shindo ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 日本勢では、中川優芽花さんも「24のプレリュード」を全曲演奏。まるで人の声のようなあたたかい音が豊かなエモーションを表現して、音楽がふくらんだりしぼんだりする、変幻自在な24曲の世界を見せてくれました。

Yumeka Nakagawa ©Krzysztof Szlezak/NIFC

 やはり「24のプレリュード」全曲を演奏した山縣美季さんの表現は、作品への熱い想いが溢れ出すような渾身の演奏。その豊かな音とともに強いインパクトを残しました。
 ショパンコンクールという大舞台で難しい大曲に挑んだ二人。どちらの演奏も作品への深い愛が感じられるものだっただけに、次のステージへの進出がならず残念です。

Miki Yamagata ©Wojciech Grzedzinski/NIFC

 ラオ・ハオ Hao Raoさんやフィリップ・リノフ Philipp Lynovさん、ナタリア・ミルステイン Nathalia Milsteinさん、ヨナス・アウミラー Jonas Aumillerさんら高い実力の持ち主の名前もなく、ボーダーラインの評価はかなり拮抗していたであろうことが窺えます。

 一方で、ケヴィン・チェン Kevin Chenさんやエリック・ルー Eric Luさんというお馴染みの面々、個性的なポーランド勢、そしてマレーシアのヴィンセント・オン Vincent Ongさん(1次でステージに登場したとき、名前をアナウンスするお姉さんと握手をした唯一の方!)や、強靭な音で独特の世界観を生み出しているウイリアム・ヤン William Yangさんなど、次のステージではどんな演奏をするのか興味津々です。

Yang Gaoが表紙の情報誌『Kurier』 ©Haruka Kosaka

 3次予選は、スタートのアルファベットがFに移り、Gのガオ・ヤン Yang Gaoさん(身長2メートルの21歳、コンクール情報誌『Kurier』の表紙に載ったクマのぬいぐるみを抱えた姿でおなじみの方です)から演奏が始まります。

Chopin Competition
https://www.chopincompetition.pl/en


【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール

第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール

出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


高坂はる香 Haruka Kosaka

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/