文:青澤隆明
フレデリック・ショパンは青年時代にポーランドを出て、そのまま祖国の土を踏むことはなかった。
ショパンは1830年10月11日にワルシャワで告別演奏会をひらき、11月2日に親友ティトゥスとともに出発、23日に目的地ウィーンに到着する。しかし、ワルシャワでロシアの支配に対する武装蜂起が起こり、12月にティトゥスは帰国。ショパンはウィーンには馴染めずに苦しみ、翌夏にはウィーンを出る。
「ぼくたちポーランド人が大いに用いる礼儀正しく洗練された表現というものが、人々の会話にはみられません」と旅立ちを決めた彼は、父に宛てて嘆く。「ウィーン人の粋をぼくはなにひとつ身に着けられなかった。たとえば、ワルツがうまく踊れない」。「ぼくの弾くものはどれもマズルカに聞こえるのです……」
ショパンは翌1831年9月、滞在先のシュトゥットガルトで“十一月蜂起”の敗北とワルシャワ占領を知り、動顚する。故国を棄てた裏切り者だといった悔恨が、若き心には痛切に刻まれたことだろう。孤独な青年は、9月末頃パリに着く。そこからは、また新しい物語である。
紙幅もないので先へ跳ぼう。ショパンは1849年10月17日にパリで客死する。ちょうどショパンの名を称えた国際ピアノ・コンクールが、ワルシャワで開かれてきた季節だ。
さて、ショパンのもつポーランド性、またショパン作品の演奏におけるポーランド性の伝統と未来ということについて考えてみよ、というのが本稿に課された主題である。
ショパンの作曲家としての足どりは、ポロネーズで始まり、おそらくマズルカで尽きた。最初の出版作が8歳のとき、ワルシャワで出版されたト短調ポロネーズで、これが前後して書かれた変ロ長調ポロネーズとともに現存する彼の最初の作品とされる。そして、「幻想ポロネーズ」と呼ばれる変イ長調op.61以降、ショパンは大作を作曲していない。最後に書いたのは遺作としてop.67やop.68に収められたマズルカと言われてきたが、絶筆ではなく少し前の年代の作である可能性もあり、いっぽうで1846年にはワルツも手がけている。ともあれ、曲の規模だけでなく、ショパンがどれほどマズルカに愛着を抱いたかということの反映だろう。彼のポーランド人としてのアイデンティティはここに宿り、異国に発ってからは激動する時代情況もあって、いよいよつよく籠められていくことになった。ショパンは両分野において、自分自身がポーランド人であると証し続けたのである。

ポロネーズはおそらく中世の農民や市民の歌や踊りに起源をもち、士族や宮廷にも波及して、18世紀頃から芸術音楽のなかでも舞曲として用いられた。逞しいエネルギーに満ちた3拍子のリズムで、1拍目後半にアクセントがついて、2拍目が強調され、しばしばシンコペートされる。ショパンの創作においては、これが舞曲を離れて精神的な美へと高められていく。
ポーランド時代には9曲、パリに着いてからは7曲のポロネーズが発展的に書かれ、英雄的な詩篇としての勇壮な性格を帯び、そして激情を籠めた孤高の叫びともなっていく。ポロネーズは、19世紀ポーランドの劇音楽のなかでは殊に民族主義を鼓舞する曲種で、つまりは自国民の自由を求める声であった。しかし、ショパンのポロネーズは異国における発語であり、アイデンティティを証明し、同朋への連帯を公言し、ポーランドの床を踏みしめる思いも籠められていたはずだ。決然とした力強さで、心を鼓舞する勇敢さを示す。故国の失われた栄光を称揚する騎士道の精神に近いものもみられようが、いずれにしてもその声は外向的な宣言である。言わば大きな声で堂々と語られ、作曲上も重厚さをもつ充実と創意をみせた。
筆者おすすめの録音①
ポロネーズ(アルトゥール・ルービンシュタイン)
筆者おすすめの録音②
ポロネーズ(清水和音)
いっぽうで、より簡素な姿をもつマズルカにはぐっと直截に、ショパンの内心の独白が籠められていった。彼一流の洗練した芸術に昇華されていくが、彼にとって、マズルカこそは魂の棲み処であり続けた。マズルカはショパンも生まれたマゾフシェ地方の人々の民俗的な踊りと歌に起源をもち、農村を中心に伝承されてきたものが、17世紀への変わり目あたりから広く踊られるようになったという。3拍子の舞曲で、象徴的なことに、こちらのアクセントは弱拍にあるのが特徴だが、マズレク、オベレク、クヤヴィアクなど地域によって微妙に異なっている。シマノフスキが後に傾斜した山人のマズルカのように、粗っぽい野性をもつものもある。ショパンはメロディの周期とリズムの機微を活かし、数多くのマズルカを書き継いでいった。
ショパンのポロネーズに栄光の精神の輝きを求める志向があるとすれば、マズルカはより故郷の土に近い心情を保つためのものであっただろう。外へ向かう声や叫びと、内へと語りかける性格の違いが、ポーランドの伝統舞曲のかたちを借りながら、いずれもショパン一流の芸術に昇華されているところに、天才の奥行はあり、心の揺れはあり、痛切なる必然があった。もうひとつの舞曲として、ワルツではパリの宮廷や社交の文化への華麗な意匠が書き連ねられたことを対比すれば、異邦人の亡命者としての孤独にして複雑な性格が色濃くみえてくる。
筆者おすすめの録音③
ポロネーズ(ラファウ・ブレハッチ)
筆者おすすめの録音④
マズルカ(エヴァ・ポブウォツカ)
つまり、ショパンにおけるポーランド性というものは、ポロネーズにおいては、失われたか奪われつつある栄光に向けての頌歌や希求の闘争であり、マズルカにおいては、より内密な魂の故郷としての繋がりを保持する日記のような私性を親しくもつかたちをとっていたと考えられる。だから、もしその演奏にポーランド性をみてとろうとするならば、あるいはその演奏でポーランド性を示そうと目するならば、それはポロネーズにおいては理想化された精神の讃美や肯定の意志を、マズルカにおいてはより私的かつ内面化された魂の歌と舞踊を捉えたものであるほかない。つまり、それは故郷を離れて、故国を心底求め、愛し続けた心と精神の光彩と陰翳をもつものであるはずだ。そして、そのリズムがどれだけルーツに忠実で、民族舞曲の原型を保っているかということは、それゆえ背景に遠のいてもくるものだろう。
筆者おすすめの録音⑤
マズルカ&ポロネーズ(ピオトル・アンデルシェフスキ)
筆者おすすめの録音⑥
マズルカ(ペーテル・ヤブロンスキー)
もしポーランドの伝統を讃美し継承するということが、ショパン演奏における民族性の堅持であり顕示であるとするならば、それは存在しない国への理想と、しかし生存する民衆の心を重ねるかたちをとるほかないように思える。ショパンの内なるポーランドへの感情とはそう単純なものではあり得ず、正直に言うならば、私にはとても計り知れない。だから、その到底計り知れないものを、その音楽に聴こうとするほかない。ショパン演奏におけるポーランド的な伝統について述べよと言われたところで、私にとってみれば、そのポーランドという観念や像はもっぱらそのような精神に裏打ちされた演奏を聴き重ねることによって培養されてきたものによるほかない。
ごく限られた例を言えば、もちろん筆頭に挙げるべきはアルトゥール・ルービンシュタインの演奏だろう。ルービンシュタインは太陽のような健全さでショパンを謳歌した。マズルカさえも彼のことに戦後の演奏においては、ポロネーズのごとく力強く生きる情熱となった。ポーランドの誇る巨匠は、燦然たる理想に満ちて、王様のようにショパンの生命を輝かしく照らしたのである。
忘れてはいけないのは、ショパンにおいては民族舞曲を用いても、つねに純化されたかたちで、高貴な精神と礼節が保たれていたということだ。ある種貴族的なものにも通じるノーブルさと優美な節度をもった構築性がなければ、決してショパンには届かない。その意味で、ざっと現在を見渡すならば、たとえばラファウ・ブレハッチの表現が思い出させるものは繊細だが明朗であり、その意味でやはりポーランド的な美と言えるだろう。
もはやスペースもないので、私的にもっとも心惹かれるマズルカ演奏に触れるなら、ピオトル・アンデルシェフスキと、少し前の孤独なペーテル・ヤブロンスキーによるものとなる。ふたりとも偶々半分はポーランドの血を引いているが、それを意識的に打ち出すよりも、ショパンの音楽に近づくとそうなってしまうといった個的な切迫性のほうが色濃い。
ショパン演奏におけるポーランド性があるとするならば、それはショパンが心でみていたポーランドの像や故国への祈りを、できるだけ切実に、親密に、精確に描き出すことにしかない。おそらくはショパンその人の影を踏み直す、孤独な魂の舞踊のうちにしか求め得ないものだと私は思う。それは現実には存在できなかったものへの、痛烈な愛慕の美であるのだから。
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


青澤隆明 Takaakira Aosawa
書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
https://x.com/TakaakiraAosawa




