関西フィル「鈴木優人のベートーヴェン・ヒストリー」第2回
フォルテピアノ・川口成彦とともに若き楽聖の創作を紐解く

鈴木優人 ©樋川智昭

 今シーズンからスタートした関西フィルハーモニー管弦楽団の「鈴木優人のベートーヴェン・ヒストリー」が好調な滑り出しを見せている。これはベートーヴェンの没後200年となる2027年に向けて住友生命いずみホールで行われる3年間のシリーズで、毎回、交響曲を中心に協奏曲や序曲も取り上げながらベートーヴェンの生涯をたどるという構成だ。1年に3公演、全9回が開催される。10月25日の第2回は、序曲「コリオラン」、ピアノ協奏曲第2番、そして交響曲第2番というプログラム。ベートーヴェンの20代から30代後半にかけての作品が並ぶ。

 本シリーズの好評の理由に挙げられるのが、指揮と解説も務める首席客演指揮者、鈴木優人の存在だ。幅広い知見に基づく音楽創りと時にユーモアを交えたその語り口は、コアなファンからクラシック音楽のビギナーにまでベートーヴェンの魅力を深く、かつ平易に届けてくれる。それはきっとシリーズ全体を通して、21世紀の新しいベートーヴェン像を結ぶものとなることだろう。また今シーズンの大きな特徴として、ピアノ協奏曲にベートーヴェン時代のフォルテピアノ(または同じ仕様に復元されたレプリカ)を用いていることにも注目しておきたい。当時のフォルテピアノを演奏者自身が選んで弾くことでベートーヴェンが思い描いていた音楽に迫ろうという、このシリーズならではの試みだ。

6月、「ベートーヴェン・ヒストリー」第1回より(フォルテピアノ:上原彩子) ©樋川智昭

 6月に行われた第1回には2002年、第12回チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門の覇者、上原彩子が登場。ピアノ協奏曲第1番で新鮮な演奏を聴かせている。そして今回、ピアノ協奏曲第2番でソリストに迎えるのが第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位の川口成彦だ。ベートーヴェンとしては極めて早い時期に書かれながら、後年まで改訂が繰り返されたこの作品に、フォルテピアノの第一人者ならではの視点でアプローチする。使用楽器は5オクターヴの音域をもつLouis DULCKEN モデル(1790年)シュタインタイプ(63鍵)。1979年にアメリカで製作されたそのレプリカである。

 「ピアノ協奏曲第2番は楽器選択が非常に困難な作品の一つです。なぜなら作曲に着手したのは10代のベートーヴェンですが、作曲者自身によるカデンツァが1809年に作曲され、約20年の範囲に及んでいるからです。そしてこの期間ピアノは大幅に変容してしまっています。今回、ベートーヴェン自身のカデンツァの演奏を考えて1820年の楽器を考えていましたが、それだと『古典派』らしい10代の彼のスピリットが音色のニュアンス的にも出にくく、いろいろ悩んだ末に1790年の若きベートーヴェンの時代の楽器にすることにしました。しかしカデンツァがその楽器では音域が足りないので、おそらく自分のカデンツァを弾きます。ベートーヴェンのカデンツァを音域内に収めるよう部分的に変えることも考えておきます」

 公演に先駆けて川口成彦はそんなコメントを寄せている。

川口成彦 ©Shin Matsumoto

 また鈴木も「(上原さんが弾いた)第1回では、フォルテピアノの音色がお客さまにも好評だったと思います。特に楽員がフォルテピアノをよく聴き、その音色に合わせて演奏を変えていったのが印象的でした。ピアノ協奏曲第2番は初挑戦。川口さんとも初共演なので楽しみにしています」と抱負を述べている。

苦悩を超えて未来へ——
交響曲第2番の革新性を鮮やかに描く

 そして交響曲第2番は、1802年に完成されたベートーヴェン32歳の作品だ。「ハイリゲンシュタットの遺書」と同年、日々、悪化する難聴の苦しみの中で書き上げられながら、苦悩よりも新たな音楽の創造に希望を見出したベートーヴェンの喜びが伝わってくるような作品でもある。第1楽章の大幅な規模の拡大や序奏部での大胆な展開、第3楽章にそれまでの通例であったメヌエットに替わりスケルツォを置くなど数々の創意に溢れ、それは2年後の第3番「英雄」で交響曲の歴史を塗り替えるベートーヴェンの姿を予感させるものと言えるかも知れない。

 「交響曲第2番は、ニ長調でバロック的な栄光を感じる作品です。1番→2番→3番は変化が非常に大きく、時代の移り変わりやベートーヴェンの成長を感じることができます。また(ベートーヴェンが生きた時代は)、ちょうど木管楽器が発展した時代と重なるので、シリーズ全体を通して管楽器の使い方の変化や複雑化にも注目してほしいと思います」と鈴木は語っている。

 交響曲を中心に、その周辺の作品にも光を当てることでベートーヴェンの音楽と彼の時代が浮き彫りになる。「鈴木優人のベートーヴェン・ヒストリー」はそうした面白さを持ったシリーズだ。いわば編年体のオール・ベートーヴェン・プログラムである。第2回では彼の人生のターニングポイントとなった時期の作品に重点が置かれたが、次回以降はいよいよ『傑作の森』に足を踏み入れたベートーヴェンの不滅の名作群が目白押しとなる。第1回を聴き逃した人も、ぜひ足を運んでみてほしい。鈴木優人と関西フィルが紡ぐベートーヴェンの物語は始まったばかりだ。

文: 逢坂聖也
写真提供:関西フィルハーモニー管弦楽団

関西フィルハーモニー管弦楽団
住友生命いずみホールシリーズVol.61
鈴木優人のベートーヴェン・ヒストリー2

2025.10/25(土)15:00 大阪/住友生命いずみホール


指揮&お話:鈴木優人
フォルテピアノ:川口成彦

プログラム
ベートーヴェン:
 序曲「コリオラン」op.62
 ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op.19
 交響曲第2番 ニ長調 op.36

問:関西フィルハーモニー管弦楽団06-6115-9911
https://kansaiphil.jp


逢坂聖也 Seiya Osaka

大阪芸術大学卒業後、大手情報誌に勤務。映画を皮切りに音楽、演劇などの記事の執筆、配信を行う。
2010年頃からクラシック音楽を中心とした執筆活動を開始。現在はフリーランスとして「ぶらあぼ」「ぴあ」「音楽の友」などのメディアに執筆するほか、ホールや各種演奏団体の会報誌に寄稿している。
大阪府豊中市在住。