
©W.Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute
コロナ禍の2021年、1年の延期を経て開催されたショパンコンクールで、日本では半世紀ぶりとなる第2位に入賞した反田恭平さん。ピアニストにとって最高峰の舞台を前に、何を思い、どんなことを感じていたのでしょう?新しく始まるドラマを目前に、4年前のショパンコンクールについてお話しいただきました。
—— あらためて2021年のショパン国際コンクールを振り返ると、今どのような思いが一番に浮かびますか?
結果論ですけど、受けてよかったなとは思いますね。一番大きく変わったのは、演奏を聴きたいとおっしゃってくださるファンの方々が増えたことです。前回のファイナルの演奏動画の再生回数は700万回近くまでいっています。自分の全く知らない国の方々からのコメントや、地球の裏側からも「いいね」が来たりするのは、すごく感慨深いですね。
—— 第2位という成績を残されましたが、結果を出すために取った対策はありますか?
僕は「ファイナルまで進むこと」を、自分にとって最低限の合格ラインとしていました。その目標が達成できれば、プレッシャーからも解放されて、最後はあのステージで「好きなように弾ける」と思っていましたね。もちろん、受ける人はだれしも心のどこかで「優勝したい」という野心はあると思います。ただ、それがプレッシャーとなり力が出せなくなるのは良くないので、「ファイナルが合格ラインだ」と自分に信じ込ませていた面はあります。
ショパンコンクールは全ラウンドの総評価が最終結果につながるので、1ラウンド目から上位を目指すという考えはありますが、各ラウンドごとに人数が半分に絞られていくので、2人に1人は通るのだから上位半分に入っていこうと考えました。
1次予選の結果が出た段階で、その回の審査の傾向が見えるので、他の奏者のアーカイヴを聴きながら探りつつ、その中でどう自分の色を出していけるかを考えたことは覚えています。前々回(2015年)のファイナリストの出場も多かったですが、1次予選の段階では個性的な演奏をした人の多くが通らなかった印象でした。
ですから1次から3次予選では、正直なところ自分の中で3割、4割くらいは、コンクールに「寄せた」演奏をしたことは確かです。繊細に調整しつつ、ポーランド人が望むショパン、必要とされるショパンというのを考えましたね。ファイナルに関しては、自分の好きなように演奏しました。僕の場合はそうでしたけど、どのような考えであれ、アーティスト自身が自分の信念をしっかりと持ち、最後まで折れずに、強く勝負できるかですね。結局自分との戦いです。

—— コンクール中は、次のラウンドへの準備が主だとは思いますが、どのように過ごされていましたか?
コンテスタント同士が友人だったりもして、意外と仲がよかったりもしますから、お互いに励まし合ったりもしていましたね。
僕は当時メンタルが強靭というわけではなかったですから、自分が壊れてしまいそうな精神状態に陥った時もありました。散歩したりゲームをしたりして、音楽から完全に離れて過ごした日もありました。
今は配信を見た人たちのさまざまなコメントがネット上に投稿されますが、アプリをアンインストールしない限りはどうしても目に入ってきてしまいます。積極的に見ようとはしませんでしたが、まあそこは過度には反応せず普通にしていましたね。
余談ですが、今年の予備予選は、僕も配信を見ています。SNS上では、結果が出たあとから「やっぱりあの演奏はダメだと思っていた」などといったコメントも散見されます。アーティストはそれぞれの考えを持って真剣に臨んでいます。その気持ちを本当にわかるのはコンテスタントやアーティストたちですから、なかなか理解は難しいかもしれませんが、心無いコメントはとても残念に感じてしまいます。
—— 2021年時点の演奏を、ご自身としては今どう振り返りますか?
ショパンコンクールが他のコンクールと違って特殊なのは、ショパンの作品しか弾かないというところ。準備を重ねる中で、ショパン作品を2周も3周も、5周くらいもしてくると、ある時突然「あれ?ショパンて何?」ってなってきちゃうんですよね(苦笑)。そういう時は、正当派のポーランドの演奏、エキエル版の楽譜に忠実な演奏を心がけるようにしましたね。ポーランドのベーシックな舞曲のリズム表現や、休符の解釈やペダルの使い方など、徹底的に注意を払いました。当時の自分の演奏を、今も原点に立ちかえるような気持ちで聴くことがあります。
逆に、僕は自分の個性にまでは振り切れなかったのも事実です。優勝したブルース・リウは、やはり自分の演奏に振り切っていたと思いますね。ブルースは「自分が思うショパン」を突き詰めて結果を出したので、僕とは大きくアプローチが違いました。彼はやはり、他のアーティストにはない才能を持っています。どこか、サンソン・フランソワたちの時代を思わせる才能です。「テクニックや音楽性をもった演奏家」という枠には収まらない、時空間を変えてしまう芸術家で、とても稀有な存在です。「上手/下手」を超えた何かは、コンクールであってもやはり大事ですし、ファイナリストには全員その要素はあると思います。


©W.Grzędziński / The Fryderyk Chopin Institute
—— 今回のショパンコンクール全体を反田さんはどういうまなざしでご覧になりますか?
アジア人が多くなっているのは、ひとつ話題になっていますよね。中国や韓国は文化事業に掛けるお金が違います。情勢的には、ロシアン・ピアニズムを継承するロシア勢が受けにくくなっているところや、ヨーロッパ人の参加者が減ってきていることから、アジア色が強くなっているという印象もあります。主催者であるショパン研究所は、歴史あるコンクールを今後どのように発展させ、参加者を増やしていくかが運営課題の1つだと思っているでしょう。今後は入賞者のコンサートを数多く制作していくと発表していますね。
—— 反田さんはアーティストである一方で、ご自身の会社の経営者としても音楽業界全体を俯瞰しておられると思いますが、コンクールというものをどのように捉えていますか?
入賞者のその後のキャリアの伸ばし方で、そのコンクールの価値が決まってくると思います。国際コンクールは国籍を超えて人材育成がなされる場です。もしも僕が国際コンクールを設立するなら、世界中の才能あふれるアーティストたちが日本に集まり、日本から羽ばたく仕組みを作りたいですね。
優秀な人材を集め育てるためには、コンクールの賞金はもっと高くていいと思っています。ゴルフの賞金やサッカー選手のギャランティに比べると、ピアノ・コンクールの賞金はあまりに低いです。スポーツでは、貧しい家庭に育って家計を助けるために一流選手を目指したというエピソードがありますよね。ビッグになって、親に感謝を示すんだ、みたいな。音楽や楽器も、そうした選択肢の一つになってもいい。入賞を目指す動機はなんでもいいと思う。目指していく過程で、音楽って素敵だな、音楽家になりたいなと思っていく人は多いので、そこをサポートできる金額面であったり、キャリア形成のケアというのを、徹底的にやれるコンクールを作れたらと夢見ています。

取材・文:飯田有抄
反田恭平&ジャパンナショナルオーケストラ コンサート夏ツアー2025
2025.9/5(金)18:30 兵庫/たつの市総合文化会館 赤とんぼ文化ホール
9/7(日)14:30 静岡/磐田市民文化会館「かたりあ」
9/9(火)19:00 北海道/北ガス市民ホール(北見市民会館)
9/10(水)19:00 北海道/帯広市民文化ホール 大ホール
9/11(木)19:00 北海道/札幌コンサートホール Kitara
9/13(土)14:00 北海道/函館市民会館
反田恭平プロデュース JNO室内楽シリーズ2025
ファゴット古谷拳一 × JNO Chamber Colors
2025.11/20(木)19:00 東京/ヤマハホール
11/21(金)19:00 奈良/学園前ホール(奈良市西部会館市民ホール)
ヴィオラ有田朋央 × JNO Chamber Colors
2025.12/1(月)19:00 東京/浜離宮朝日ホール
12/3(水)19:00 奈良/なら100年会館 中ホール
JNOチェロカルテット・クリスマスコンサート
2025.12/15(月)19:00 東京/浜離宮朝日ホール
12/22(月)19:00 奈良/なら100年会館 中ホール
問:ジャパン・ナショナル・オーケストラ info@jno.co.jp
https://www.jno.co.jp
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


飯田有抄 Arisa Iida(クラシック音楽ファシリテーター)
音楽専門誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジン等に執筆、市民講座講師、音楽イベントの司会等に従事する。著書に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」「クラシック音楽への招待 子どものための50のとびら」(音楽之友社)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。




