第5回 Shigeru Kawai 国際ピアノコンクール ファイナルを振り返って

取材・文:高坂はる香

 8月2日、渋谷区総合文化センター大和田さくらホールでファイナルが開催された、Shigeru Kawai 国際ピアノコンクール。5回目の今回は、前途有望な優勝者が誕生したうえ、ピアノメーカーが主催するコンクールならではの聴きどころをこれまで以上に感じる開催となった。

 その実感を手伝ったのは、今回から新しく取り入れられたルールだ。開催前の展望記事でも紹介したとおり、ファイナリストは「キャラクターが少し異なる2台のSK-EX」からピアノ選定をして本選に臨むことになっていた。今回用意されたピアノは、1台が2015年12月製造、そしてもう1台が2025年3月製造(新品!)。SK-EXならではの美点は共通しつつ、少しどころかかなりキャラクターの異なる2台で、そのうえファイナリスト6人が半々ずつこれらを選んだので、それぞれの楽器を選んだ理由について選曲やピアニストとの相性から推測することも、(多少マニアックながら)興味深い点の一つとなった。オーケストラパート用のピアノを含め、3台のピアノの調律を担当したのは、カワイのコンサートチューナー 鈴木希

ピアノセレクションの様子

 2台ピアノ版の協奏曲によるファイナルの演奏を振り返ろう。最初の3名のオーケストラパートを演奏したのは、モスクワ音楽院の名教授、ドレンスキー門下の教育の伝統を受け継ぐ名ピアニスト、アンドレイ・ピサレフ。

 1人目の奏者、ピエトロ・フレサ(イタリア)が演奏したのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番。選択した2015年製ピアノのあたたかい音を生かし、愛らしく歌った2楽章で印象を残して、第6位となった。

ピエトロ・フレサ(右はアンドレイ・ピサレフ)

 続くラファエル・キリチェンコ(ポルトガル)も同ピアノを選択し、プロコフィエフの3番を演奏。序盤からたっぷりと打ち鳴らされたピアノは、先ほどとは異なる硬質な印象の音を紡ぎ、弾き手による音の違いを改めて体感する。音楽の流れを重視した勢いのある演奏で、第5位に入賞した。

ラファエル・キリチェンコ

 3人目の奏者は、大山桃暖(日本)。ここで2025年製ピアノが初登場、演目は同じくプロコフィエフの3番だった。フレッシュなピアノならではの輪郭のくっきりした音が生かされる。ピサレフの作品の呼吸を知り尽くした名伴奏も手伝い、2台ピアノ版ならではの掛け合いが楽しく、第2位となった。

大山桃暖

 そしてここからの3人の伴奏は、今回からオーケストラパートを担当することになったアレクセイ・メルニコフ。1990年生まれの彼は、ドレンスキー教授最後の弟子の世代。作品の美点を際立たせるダイナミックなタッチでソリストをサポートしていた。

 山本悠流(日本)は前の奏者と同じ2025年製ピアノを選択。ショパンのピアノ協奏曲第2番というレパートリーもあってか、この若い楽器から柔らかい音を引き出し、優しく歌う表現が印象的。同時にクリスタルな高音も際立たせて、爽やかな後味を残した。第4位に入賞。

山本悠流

 5人目に登場した朴沙彩(日本)は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏。おそらく元来、華やかでゴージャスな音の持ち主だと思われ、2015年製ピアノのボリュームある落ち着いた音が似合う。オーケストラ版では気づきにくい旋律のからみも楽しむことができ、ラフマニノフの作品の見事さを改めて教えてくれた。第3位に入賞。

朴沙彩(右はアレクセイ・メルニコフ)

 最後の奏者となったのは、ギジェルモ・エルナンデス・バロカル(スペイン)。最年少の17歳は、真新しいピアノのキラキラした音を生かし、シューマンのピアノ協奏曲を演奏。たびたび現れる第一主題は特に美しく歌われ、このメロディへのこだわりと愛着が伝わってくる。音楽をふくらませたり細やかに歌わせたりしながら、フレッシュな推進力ですすめ、フィナーレに向かうにつれて色彩をますます豊かにしてゆく。客席から大きな拍手を贈られると、嬉しそうに会場を見回した。そして第1位と来場者の投票で選ばれる聴衆賞を受賞。音楽の喜びと前向きなエネルギーに満ちたその演奏は、多くの人を魅了していた。

ギジェルモ・エルナンデス・バロカル

 表彰式で最後に植田克己審査委員長はこう語った。
「音楽の修練の目的は、人と競い合い、審査員に良い印象を与えることにはもちろんとどまりません。その先にある、美しく力強い響きを組み立てながら、聴く人に芸術作品を届け、さまざまな感情を呼び起こし、勇気と感動を与えることです。
 楽器作りの真髄もそこにあると思います。楽器作りに邁進し、それを世界に広げたいと願い、総力を注いでこのコンクールを設定した主催者、河合楽器製作所の思いが、より良い演奏を目指すピアニストたちと、それを享受する人たちを大きく後押ししているのです」

 ピアニストだけでなくピアノメーカーもまた、コンクールを通じ、目先の目標の向こうにある大きな使命を果たすべく進んでいるのだと思い出させてくれる言葉だった。

表彰式より 植田克己審査委員長から賞状を贈られるギジェルモ・エルナンデス・バロカル

写真提供:Shigeru Kawai 国際ピアノコンクール


高坂はる香 Haruka Kosaka

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/