ピアニストを“科学する” Music Excellence Academy
ソニーコンピュータサイエンス研究所が主催する「Music Excellence Academy」は、ピアニストが音楽表現の基礎を築く上で大切な10代の間に、芸術教育と身体教育の両面から適切な教育を提供するというもの。
ミュージカル・ディレクターのディーナ・ヨッフェをはじめとする現役演奏家によるレッスンに、脳や身体の働きの科学的な分析に基づく指導が加わることが、大きな特徴だ。
2020年にスタートしたプロジェクトも4年目を迎え、12月1日にはトッパンホールで第四期生の修了コンサートが行われる。
当日は一般の来場者も、受講生が演奏時の姿勢やタッチの可視化のために使用しているシステム「Physical Education for Artist Curriculum(PEAC)」を、ロビーで体験できるという。
こうしたシステムによる記録は、その都度の身体の使い方の変化を確認することだけでなく、故障やスランプで過去の体の動きを確認する必要が出てきたときにも役に立つそうだ。そして全受講生の成長の記録の蓄積は、未来の教育に生かされていく。
同アカデミーの受講生たちは、どんな指導を受けているのか。また、世界の第一線で活躍する名ピアニストの体の使い方をこの身体教育の観点から分析すると、どんな特徴が見られるのか。
ソニーコンピュータサイエンス研究所を訪ね、アカデミーを主宰する古屋晋一リサーチディレクター(東京リサーチ)に解説してもらった。
ギャリック・オールソンの演奏姿勢を見てみよう
今回は、1970年ショパン国際ピアノコンクール優勝、先に次回のショパン国際ピアノコンクールの審査委員長となることが発表された、ギャリック・オールソンの演奏の演奏姿勢について、古屋氏に解説してもらった。
自らもピアノを演奏する古屋氏はオールソンについて、「体の使い方がすばらしいと思います。ルービンシュタインと並んで、教科書のような理想的な体の使い方をしているピアニストの一人でしょう」と話す。
細かい解説は動画をご覧いただきたいが、その特徴の一部として、下記のような点が挙げられていた。
・小指と前腕の角度が一直線。それによって小指を細やかに動かすことができる
・そのために肘をフレキシブルに動かしている
・これらを可能にする肩甲骨まわりの筋力と安定性を持ち合わせている
・上体の動かし方が特徴的だが、それを可能にする体幹のしなやかさ、体の使い方の妙技を兼ね備えている
ただ、これがすべての人にとって理想的な体の使い方というわけではない。体格や筋力、骨格などにより、それぞれに合った方法がある。
比較として挙げられたのは、同じ回のショパン国際ピアノコンクールで第2位となった内田光子の演奏だ。
例えば彼女の場合、前述の一つめの特徴である「小指と前腕の角度」がやや「くの字」になっているが、逆にそれによって下記のようなメリットがあるだろうとのこと。
・小指の先が鍵盤の手前に触れることで、てこの原理により、軽い力で鍵盤を押すことができる
・鍵盤を押す深さが大きくなることでコントロールの幅が広がり、音色に変化を持たせることができる
こうしたさまざまな体の使い方に着目することで、より弾きやすい姿勢や指の使い方、求める音色の生み出し方を割り出すことにつながる。
普通は感覚的なものに頼りがちだが、論理的に見てゆくことで、奏法を効率的に改善し、再現性を高めることができるといえそうだ。
演奏技術の測定
Music Excellence Academyの受講生は、レッスンの前後に「Physical Education for Artist Curriculum(PEAC)」で演奏技術の評価を行う。
内部にセンサーが取り付けられたピアノを弾くことで、鍵盤の動きを細かく解析。鍵盤が下りる(打鍵)スピードの変化や揺れ、さらには鍵盤から指を離す(離鍵)ときのスピードも可視化される。
あわせて指の動きをとらえたカメラの映像をスローモーションで確認することで、自らの気づかない癖、それが鍵盤の動きと音に与える影響を分析できる。
また、全身の動きをとらえるカメラは、最新の技術によりカメラと体の位置を解析して、体にマーカー(モーションキャプチャーなどで使用される、体の動きを測定するための器具やスーツ)をつけなくても、骨の位置を割り出すことができる。これによって、演奏姿勢やフォームのくずれや癖を可視化することも可能だ。
指や腕の動かし方、体全体の使い方をこうして解析、記録することで、レッスンごと、セメスターごとの変化を確認しながら、効率的な成長を目指しているという。
第四期生の修了コンサートでは、将来ピアノ界で活躍することになるかもしれないティーンエイジャーたちの演奏が披露される。加えてプロジェクトについてのプレゼンテーションもあるので、実際に最先端のピアノ教育の現場を知る機会となるだろう。
取材・文:高坂はる香
ソニーコンピュータサイエンス研究所による
Music Excellence Academy 第四期生 修了コンサート
2024.12/1(日)16:30 トッパンホール
【出演】
Music Excellence Academy 第四期生:天野薫、岡部那由多、小林蒼太郎、桜庭花音、根本壮一郎、布埜菜々子、三山政一郎、室崎恵太朗、山下優里奈
玉井菜採(ヴァイオリン)、長谷川彰子(チェロ)
※出演者は変更となる可能性があります。
【曲目】
モーツァルト:ヴァイオリンソナタ 第34番 K.378 第1楽章
シューマン:5つの民謡風小品集 op.102 第1、2、4曲
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第5番「幽霊」op.70 No.1 第1楽章
メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲 第1番 op.49 Q29 第1楽章
クララ・シューマン:ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重奏曲 op.17 第1楽章 他
問:一般社団法人NeuroPiano contact@neuropiano.org
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古屋晋一
ソニーコンピュータサイエンス研究所 リサーチディレクター(東京リサーチ)
大阪大学 基礎工学部卒業後、同大学大学院 人間科学研究科、医学系研究科を経て、博士(医学)を取得。ミネソタ大学 神経科学部、ハノーファー音楽演劇メディア大学 音楽生理学・音楽家医学研究所にて勤務した後、上智大学 理工学部 准教授および音楽医科学研究センター センター長。2017年4月ソニーコンピュータサイエンス研究所に入所。2021年より一般社団法人NeuroPiano代表。京都市立芸術大学、東京音楽大学、東京藝術大学、桐朋学園大学にて非常勤講師、ハノーファー音楽演劇メディア大学 客員教授を兼務。これまでに、日本学術振興会 特別研究員および海外特別研究員、フンボルト財団ポストドクトラルフェロー、ドイツ研究振興会(DFG)ハイゼンベルグフェロー、文部科学省 卓越研究員、クラインフォーゲルバッハ賞などを受賞。主なピアノ演奏歴に、KOBE国際音楽コンクール入賞、 Ernest Bloch音楽祭出演、兵庫県立美術館ソロリサイタルなど。
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