マリー・アントワネット時代の音楽サロンにお誘いします
日本の古楽界で最も先鋭的な活動を展開する音楽家、西山まりえ。このところ鍵盤楽器奏者としてだけではなくハーピストとしての活動も本格化させてきた。これまではゴシック・ハープ、ダブル・ハープ、トリプル・ハープといった中世〜バロック期の楽器を弾いてきた彼女が、今回はマリー・アントワネットの時代にフランスで人気を博していた製作者ナーデルマンの1775年製シングル・アクション・ハープで演奏する。
「ハープを始めたきっかけはイタリアへ留学する直前にシェイクスピアの『ベニスの商人』のためにシンセサイザーで劇の伴奏をする仕事をした時のことです。イギリス人の演出家のお婆さんが『舞台の上であの娘にハープを弾かせなさい』と言い出して、断り切れず仕方なく弾いてみたらこれが意外と弾けるし、楽しくて…。留学先の要綱をよくよく見るとヒストリカル・ハープのコースもあることに気付き、副科で受講することにしました。鍵盤というアクションを通さずに弦を弾くという経験はチェンバロを弾く上でも大いに参考になりました」
とはいえ今回は手の動きだけではなく、半音を出すために足で7本のペダルを操作するシングル・アクション・ハープでは勝手が違うのではないか?
「ハープは有史以前からの楽器で時代ごとにその様相を変化させて来ました。ですからそれぞれの時代の楽器にはそれぞれの難しさがあります。たしかにペダルに慣れるのは大変ですが、それはこの楽器固有の難しさと割り切ればどうということはありません。むしろ弦幅が狭く、緩い弦のテンションで、必要とされる繊細なタッチは、古いハープ全てに共通する独特な奏法。中世からのハープと同じように古楽特有の雄弁に語る音楽が可能かと思います」
今回の楽器との出逢いは運命的なものと西山は語る。
「5、6年ほど前に1ヵ月間休業してパリでベリー・ダンスを学んだことがありました。その学校に通う道すがら骨董品屋さんがあって、このハープが飾られていたのです。店に入って弾かせてもらい、それから毎日そのお店に通いました。ただ値札を見ると大変高価で。いよいよ日本に帰る前の日にその事を伝えると『どうするんだ?』と訊ねられたので『私の全財産はこれだけなので全然足りません』と話すと、『じゃその金額でいいから、持っていけ』と言って下さったのです」
それから慎重に修復作業を進めて、昨年にようやくコンサートでも使えるようになったとのこと。今回はアントワネット作とされる「哀れなジャック」「それは私の恋人」や、クルムホルツとメイヤーのソナタなどを披露する。
「マリー・アントワネットの時代の音楽の在り方、楽しみ方を味わっていただくため、当時の貴族のご令嬢たちの間で流行っていたヴァイオリンやチェロを加えた編成にしました。18世紀の音楽に精通したお二人(杉田せつ子、懸田貴嗣)を迎え、うわべだけの美しさではなく、そこにあった光と闇の部分にまで迫るように演奏をしたいです」
取材・文:谷戸基岩
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年9月号から)
ご令嬢達のハープのお稽古〜アントワネット王妃の音楽サロン
9/12(金)19:00 近江楽堂(東京オペラシティ3F)
問:ムジカキアラ03-5739-1739
http://www.musicachiara.com