笛田博昭(テノール)

トップ・テノールの歌声を間近で堪能

 ソプラノの西正子を中心に結成されたフィオーレ・オペラ協会は、2008年から毎年、名作オペラをとりあげてきた。今年は、去年予定されていたヴェルディのオペラ《イル・トロヴァトーレ》を東京・大手町の日経ホールで上演する。そこでマンリーコを歌うのが、今や日本のトップ・テノールに数えられる笛田博昭である。フィオーレ・オペラ協会には08年の《トスカ》、09年の《椿姫》に続いて3回目の出演。来年9月には東京国際フォーラム ホールCでの《運命の力》への出演も決まっている。

 「みんなで良いものをつくっていこうという思いが強くある団体なので、前回も前々回もすごくまとまりのある、仲のいいカンパニーとなりました。アットホームな雰囲気にあふれていて、イタリアの旅芸人一座のような感じ。そういうあたたかさが舞台にも表れていると思います」

 今回歌うマンリーコは、実は笛田にとって特別な思い入れのある役だという。

 「イタリアでデビューした時に歌ったのがマンリーコなんです。デビューはフェッラーラ劇場だったのですが、その後別々の場所で3回ぐらい歌っていて、何か縁があるというか、僕にとっては重要な役のひとつです」

 あるイタリアの劇場ではオーディションでマンリーコの有名なアリア〈見よ、恐ろしい炎を〉を歌ったのだが、その時少し風邪気味だったにもかかわらず、ハイCがキレイに決まってスタッフから「本当に風邪をひいてるのか?!」と言われたそうだ。

 ところで、この〈見よ、恐ろしい炎を〉のハイCはテノール歌手の聴かせどころとして知られている。客席ではこの音が劇場に響き渡るのを今か、今かと待っているようなムードもあるが、テノール歌手にとってはどんな気持ちでこのアリアに臨んでいるのだろうか。

 「出さなきゃいけない、というプレッシャーの中で歌うわけですから、それは大変な曲です。キレイに決まれば嬉しいですが、自分で納得いくようなCはなかなかでません。現状でできることは全部出しきりたいと思っていますが、本番では80点出せれば合格かな、と思っています。合格率ですか? 5割ぐらいかな(笑)」

 先述したイタリアでのオーディションのように、あまり体調が絶好調でない方がいい音が出る、という傾向もあるそうだ。それは調子がいいと「よーし、決めてやるぞ」と構えてしまい、力みが強くなっていい結果に結びつかないから。つまり、メンタルがとても重要なのだ。

 「昔は緊張すると、その場の状況に飲み込まれて負けてしまいがちでした。だからそこから気をそらそうとしていました。でも、何かをきっかけに、それは違うと気づいたんです。緊張感を受け入れた上で、それを打破していかないと成長がない。ですから今は、どんなに緊張しても真正面から向き合うようにしています。攻撃は最大の防御です」

 今回の公演は、仲田淳也指揮で小編成のオーケストラが舞台上に設置され、その前後にアクティング・エリアを設けたセミ・ステージ形式で行われる。ルーナ伯爵役に須藤慎吾、アズチェーナ役に清水華澄という豪華キャストの競演である。コロナ禍ということもあり、動きは最小限に。ただし、背景及び照明などを工夫し、衣裳も時代考証にあったものを着けて歌う予定。

 「お客様にとっては舞台が近いので、大きなホールで観るのとはまた違った感覚でオペラを楽しんでいただけるのではないかと思います。ぜひこのホールならではの臨場感を肌で感じていただきたいです」

 トップ・テノールの歌声を間近で聴けるチャンス。お聴き逃しなく!
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2021年9月号より)

フィオーレ・オペラ協会 
ヴェルディ:《イル・トロヴァトーレ》(全4幕・原語上演・字幕付)
2021.8/29(日)13:30 日経ホール
問:フィオーレ・オペラ協会050-5360-0504(岡田) 
https://fioreopera.org