取材レポート【若手指揮者と特別編成オーケストラが奏でるトライアウト・コンサート】

主要オケの有志が集い、若きマエストロたちに実践の場を提供

左より:水谷晃、近藤千花子、山上孝秋、鏑木蓉馬、中城良、榊真由、依田晃宣 (c) 編集部

若手指揮者と特別編成オーケストラが奏でるトライアウト・コンサート
7/5(月) 小金井 宮地楽器ホール 大ホール


参加指揮者/曲目
榊真由 Mayu Sakaki(1993年生/埼玉県出身)|ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調 op.36 第1楽章
中城良 Ryo Nakajo(1995年生/東京都出身)|ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 「運命」op.67 第1楽章
鏑木蓉馬 Youma Kaburagi(1992年生/東京都出身)|モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」K.504 第1楽章
山上孝秋 Yoshiaki Yamagami(1991年生/長野県出身)|ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op.92 第1楽章

トライアウト・コンサート実行委員会 発起人(五十音順)
近藤千花子 Chikako Kondo(東京交響楽団クラリネット奏者)
水谷晃 Akira Mizutani(東京交響楽団コンサートマスター)
依田晃宣 Akinobu Yoda(藝大フィルハーモニア管弦楽団ファゴット奏者)
荒井風香 Fuka Arai(制作)

 音楽界における「新型コロナウイルスの影響」が顕著だった昨年の夏、東京交響楽団コンサートマスター・水谷晃と藝大フィルハーモニアのファゴット奏者・依田晃宣が発起人となり、「勉強や演奏の場を失ってしまった若手指揮者たちが、今後も演奏を続けていくため」の企画が実現。3人の指揮者たちが、第一線のプロ奏者によるオーケストラとのリハーサルと映像収録(無観客)を行ったのである。それが大いに有意義な体験となったことで継続が模索され、その続編が今年も7月5日に開催された。
 今回は東響クラリネット奏者・近藤千花子も発起人に加わり、若手指揮者たちが真剣勝負の公開リハーサルと本番を行う、有観客の「トライアウト・コンサート」という形に発展した。企画段階では度重なる緊急事態宣言等で曲折もあったが、多くのプロ奏者が趣旨に熱烈に賛同したことで実現に至った。依然として経験の場が減っている若手指揮者のために、いま「種」を蒔いておいて、何とか状況を前に進めていきたい、との思いだったという。

 その臨時編成のオーケストラが凄い。主要楽団の首席奏者や著名なプレイヤーが並び、壮観そのもの(ぜひ主催HPでご確認を)。その象徴的な光景が第1ヴァイオリン第1プルト。東響の水谷晃と都響の矢部達哉、普段隣席で弾くことのない屈指の名コンサートマスターが並んだのだ。オケ全体も第一音から完璧なアンサンブルと圧巻の迫力で、一期一会の合奏を楽しんでいる様子だった。
 “指揮者が要らない”水準のオケに対して平常心で指揮するのはベテランでも大変だろう。しかし、この日の4名の指揮者は、「メンバー表を見たときから緊張していました」と言いつつも、リハーサルから本番でしっかり自分の持ち味を表現してくれた。
(以下、本番登場順)

 最初は榊真由がベートーヴェン第2番第1楽章を。指揮棒を持たずにしなやかな指揮ぶりで、細かい表情付けも厭わず、瑞々しく輝かしい響きを作り上げた。

 中城良は凄いオケだからこそこの曲を、とベートーヴェン「運命」第1楽章を取り上げた。その意気込みに違わず的確で力感ある指揮、細かい設計も臆せず要求して、力強い演奏を実現した。

 鏑木蓉馬はモーツァルト第38番「プラハ」第1楽章。全身を使った動きの表情が豊か、ユニークかつ明確なビジョンをうまく伝えて、作品の色彩や愉悦感も見事に表現した。

 ベートーヴェン交響曲第7番第1楽章を選んだ山上孝秋は、長身を活かした高い位置での腕と肩の使い方で、大きく音楽をつかみながらドライブして、豊かな響きを引き出した。

 各曲を何十回も弾いてきた奏者たちを相手に、短時間のリハーサルで自分の色を出すという経験は、何物にも代えがたい。「お金を出しても買えない貴重な機会」とは昨年の参加者の表現だが、今回の4名も同じ思いだったに違いない。
 演奏のリーダーを務めた水谷と矢部は、2曲ずつコンマスを務め、指揮者の意図を前向きに確認し、気をつけるべきポイントなどを助言。「全曲にパルスを感じて/あなたがやりたい表現は必ず全部やります」(矢部)「オケにリスクを取らせるのが指揮者の役目」(水谷)といったコメントの数々は、参加者にも聴衆にも財産となる。

 楽員が情熱的に演奏に没頭し、それが指揮者のポテンシャルと持ち味をも引き出し、結果として4曲とも格別の快演が繰り広げられた。客席も短期間の告知だったにもかかわらず、リハーサルから数十人が入り、夜の本番はさらに多くの聴衆が熱演を堪能した。企画の意義と演奏会としての楽しさが、これほどの次元で両立する企画は本当に貴重だろう。

(c) 有田周平


 今後について依田は「自分たちの経験をシェアしたい。いろいろな意味で“より密に”続けていけたら」と語った。2020年の困難期に蒔き始めた「種」が育っていく時期を共有できることは幸いである。21年参加の4名、榊真由、中城良、鏑木蓉馬、山上孝秋の今後を期待して見守りたい。
取材・文:林 昌英

トライアウト・コンサート実行委員会
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