黒岩 悠(ピアノ)

“真実”の音楽を伝えるために

©Marco Borggreve
©Marco Borggreve
 音楽一家に生まれ、イタリア、ドイツで優れた音楽家のもと研鑽を積んだ黒岩悠。「演奏家としての覚悟をもう一度確かめたい」と、「過去〜現在〜未来」と題したリサイタルを行う。
「最近、結局大切なのは人だと感じています。丸ごと自分を受け入れ、自分の個性を認識し直したい。そんな想いで演奏会に臨みます。人は多面体で、その側面の一つひとつが重なったものが“個性”。コンサートでは、演奏者も聴衆も音楽も、それらの個性がつながった一つのものになると思うのです」
 その大切な真実を伝えるため、今回は3つのパートにわけて幅広い時代の作品を弾く。一つめの「過去」で掲げるテーマは「文学の時代」。
「古い時代の文学や音楽は、人が共通して持つ、愛や死、苦悩や喜びを深い精神性の中で捉え、表現しています。当時の人はみんなそれを知りたいと感じていたのでしょう。『過去』では、そこが前面に出た曲を選びました」
 なかでもシューベルトの「白鳥の歌」より〈セレナーデ〉は、子供時代の音楽体験を象徴する曲だ。
「父(指揮者の黒岩英臣)の演奏会で交響曲を聴いても、小さかった僕は退屈してしまいました。でも、車の中で繰り返し流れていた〈セレナーデ〉は、全てを包み込んでくれるようで、ずっとその歌の世界の中にいたいと感じたのです。今回はリストの編曲で演奏します。僕にとってリストは特別な作曲家。彼は自身の中に神聖なものと悪魔的なものを持ち合わせていた。それが感覚的に理解できるのです」
 続く「現在」のテーマは「ヴィジョンの時代」。
「20世紀は戦争や革命の中で芸術が発展した時代です。移動手段も増え、人が世界を個人的視点で見て描写するようになりました。スクリャービンに加え、墨絵のように美しい薮田翔一の『住吉の松』、音楽の楽しさが存分に伝わるカプースチンを取り上げます」
 そして「未来」で奏でるのは、J.S. バッハ。
「人間のエゴから離れ、与えられた命を喜ぶ音楽です。時代を超えて、人にとって喜びであり続けるでしょう。これからも、生きるものすべてが自らの命を祝福できる社会であってほしいという想いを込めています」
 練り上げられたプログラムには、こんな大きな意図が隠されていた。
「フィルターを通さずに、まっすぐに音楽を届けるつもりです。そこにどんな世界が広がっているのか…もしかしたら、聴いている方自身の姿がその世界に投影されるのかもしれません。そのようなことも楽しみにしていただけたらと思います」
 同時期にリリース予定の新譜『LE GACY』は、ベートーヴェンとショパンの名曲集。黒岩の周囲には、クラシック音楽をほとんど知らない友人も多いことが選曲の理由だ。
「身近な人を大切にしたい。この録音がクラシックに馴染みがない方にとっての入口になればと思います」
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ 2016年11月号から)

黒岩 悠 ピアノリサイタル
過去〜現在〜未来
11/30(水)19:00 浜離宮朝日ホール
問:日本アーティスト03-5377-7766
http://www.haruka-kuroiwa.com

CD
『LEGACY』
アルトゥス・ミュージック
ALT349 ¥オープン
11月末発売予定