「ブランデンブルグ協奏曲」をピアノ1台で表現!
J.S.バッハ演奏のスペシャリストとして、多くの名盤を発表してきたカール=アンドレアス・コリー。7月発売の最新盤は、その中でも特筆に値する1枚になることだろう。なんと、今回彼は「ブランデンブルグ協奏曲」をピアノ1台で全曲録音しているのだ。
「ここ数年、J.S.バッハへの敬愛から、誰もやっていないことに挑戦したいと思うようになり、大好きな『ブランデンブルグ〜』に狙いを定めたんです。編成や構成上、第1〜4番は目処が立ったのですが、第5&6番は一筋縄ではいかず、構想から録音に至るまで、約1年もの月日を要しました」
中でも、コリーが苦労したのが第6番だったという。
「ヴィオラのカノンが多用された第6番は、同じような音色が交差しながら進んでいきます。最初はそれを4手で多重録音しようと思ったのですが、その時偶然にも、とあるベルギーの楽譜収集家からすすめられた編曲と出合ったのです。この版は実に優れた解決策を示してましたので、そのまま採用しました」
第1〜5番は、チェコ出身のピアニストで作曲家、アウグスト・ストラダルの編曲をベースに、コリー自ら再編曲した楽譜で演奏している。
「ストラダルは、ブルックナーとリストの弟子にあたる人。彼は他にも、J.S.バッハの管弦楽組曲やオルガン曲、ヘンデルの協奏曲、リストの管弦楽曲、ブルックナーの交響曲など、膨大な数のピアノ編曲を残しています。ただ、『ブランデンブルグ〜』に関しては、原曲の再現に重きが置かれ過ぎていて、ストラダル自身はかなり遅めに弾いていたようです。でも、私はカール・リヒターのような中庸のテンポで弾きたかったので、ストラダル版をベースにしつつ、必要な声部の取捨選択を適宜行いながら録音しました」
各曲の聴きどころを尋ねると、
「第1番で際立たせたのは、第1楽章のホルン・ソロや、第2楽章の美しいアダージョ。第2番は声部が少ないですが、原曲では複数の楽器に均等にソロが与えられているので、その対比に苦労しましたね。第3番は弦楽器中心の豊麗で変則的な編成を、ピアノ1台でいかにコンパクトにまとめるかが課題。第4番はリコーダーの牧歌的な響きを、第5番は第1楽章のチェンバロの長大なカデンツァを、それぞれピアノでどう描いたかにご注目ください」
技巧的にも、音楽的にも、実に緻密で洗練された至高のJ.S.バッハが記録された当盤。いつの日か、日本でのライヴという形でも味わえることを祈りたい。
取材・文:渡辺謙太郎
(ぶらあぼ 2016年8月号から)
CD
『J.S.バッハ:ブランデンブルグ協奏曲(ピアノ編曲版)』
マイスター・ミュージック
MM-3083-84(2枚組)
¥3900+税
7/25(月)発売