
新潟県中南部の長岡市に私立の共学校、中越高校はある。今年の夏の甲子園に野球部が出場するなど、部活動が盛んな学校だ。
吹奏楽部はこれまで西関東大会に23回出場している県内屈指の実力派バンドだ。
だが、西関東大会の上に位置する「吹奏楽の甲子園」、全日本吹奏楽コンクールにはまだ一度も出場したことがない。

そもそも新潟県の高校では、1970年代に県立三条商業高校が2回全国大会に出場したことがあるだけ。特に近年は、西関東支部(埼玉県・山梨県・群馬県・新潟県)の代表3枠は埼玉県の高校が独占している。
そこに風穴を開けようと、卒業生である名古屋愉加先生が率いる中越高校は熱い思いで練習を重ねている。名古屋先生はこう語る。
「私は、とにかく生徒がいきいきと輝き、楽しそうにしているのがいちばんだと思っています」
中越高校の演奏は長岡の名産になぞらえて、甘みやうまみがある「コシヒカリサウンド」とも呼ばれている。部員たちもコシヒカリの一粒一粒のように純粋で、光り輝いている。だが、全国大会に出場することができれば、生徒たちはもっと輝けるかもしれない。この自慢の生徒たちを、日本中に知ってもらえるかもしれない。
名古屋先生の目標が2つになった。
「コンクールに関しては、私は一時期、『埼玉の高校にはどうやったってかなわないんだ』と思ってしまっていたときもありました。でも、いまは違います。全国大会に行く——そう決意しています。生徒が輝いて良い演奏をすることも、コンクールで上を目指すことも、どちらも目標として達成したいです」

名古屋先生がはっきりと全国大会出場を見据えた今年、ひと足先に「甲子園」という全国大会に出場を決めたのは、中越高校野球部だった。実に7年ぶりの夏の甲子園だ。
野球部に続けと、吹奏楽部もさらに気合いが入っている。
今年の部長は3年生でアルトサックス担当の浅野凛だ。凛は入部したときにこんな目標を抱いていた。
「私は中学時代に中越高校の定期演奏会を見て、すごくキラキラしていた先輩たちの姿に憧れました。だから、まずは私もステージで輝けるひとりになりたいというのがありました」
もちろん、コンクールでも上位大会出場を夢見て、地元の燕市から1時間以上かかる中越高校を選んだのだ。
「中学時代にコンクールで初めて西関東大会に出場できたのですが、結果は銀賞。高校でその続きがしたい、銀賞の上の金賞をとり、全国大会に出たいと思っていました」

全国大会に新潟県の高校がずっと出ていないのも、凛にとっては悔しいことだった。新潟のバンドだって良い演奏ができるのに——。
だが、高校生活最後の今年、野球部が甲子園出場を決めた。エースピッチャーの雨木天空(あまきそら)や一塁手の窪田優智(ゆうと)はクラスメイトだ。
「同じ教室にいる野球部の子たちが活躍するのは嬉しいですし、刺激にもなります。部活中、窓からグラウンドで練習する野球部の姿が見えると、別の部活なのになんだか一緒に頑張っているような気がします」
1回戦、吹奏楽部は甲子園球場に駆けつけ、《戦闘開始》《ETSU》《Rocket Queen》などの応援曲で野球部を後押しした。試合は残念ながら東京の関東第一高校に敗れたものの、初めてアルプススタンドで演奏した凛たちにとっては、果敢に闘うナインの姿が目に焼きついた。
自分たちも挑戦しよう。そして、「吹奏楽の甲子園」に行こう。きっと行ける!
野球部が吹奏楽部をそんな気持ちにさせてくれた。また、甲子園での応援演奏が高校野球ファンの間で「音圧がすごい」「迫力がある」と話題になったのも、吹奏楽部にとっては嬉しいことだった。

近年では、中越高校吹奏楽部に野球応援を楽しみにして入ってくる部員も少なくない。今年度の学生指揮者でフルート担当の小田島新太(3年)もそのひとりだ。
新太は言う。
「高校では部活で完全燃焼したかったのと、野球応援に憧れていたのが、中越高校に入った理由です。動画共有サイトで見た応援の演奏がとにかくカッコよくて大好きでした」
新太は長岡市から離れた糸魚川市の出身。高校入学とともに親元を離れ、ほかの部活の生徒とシェアハウスで暮らしながら高校生活を送ってきた。
今年、名古屋先生がコンクールの自由曲に選んだのはオットリーノ・レスピーギ作曲《バレエ音楽「シバの女王ベルキス」》。オーケストラの曲を吹奏楽用にアレンジして演奏する。曲は新太のフルートソロからスタートする。

「最初に楽譜をもらったときは、いきなりソロがあって驚きました。プレッシャーも感じましたが、やるからには全力で演奏しようと思いました」
新太だけでなく、ほかの部員たちもあまりオーケストラの曲には馴染みがなかった。やはりオーケストラの曲を演奏するには、オーケストラなりの表現にこだわる必要がある。
凛はこう語る。
「吹奏楽オリジナル曲のようなすごい高速のパッセージがあるわけではないんですけど、クラシックの表現や、弦楽器の持っている独特の響きを出すのが難しいです」
凛は海外のオーケストラが演奏する《ベルキス》をいくつも聴いて、その表現方法を自分なりに学んだ。そして、オーケストラサウンドの深みと魅力を初めて知ったという。

7月31日、中越高校は県大会に出場した。結果は金賞。代表校のひとつにも選ばれ、今年も西関東大会への出場が決まった。
自由曲《ベルキス》の冒頭では、新太がフルートソロを奏でた。ただ、それは悔いの残るものになってしまった。
「ちょうど調子が落ちているときで、本番も不安定でした。西関東大会までに基礎から見直し、『自分のソロで魅せてやる!』という気持ちで吹きたいです」
冒頭が曲全体の空気感をつくる。そのために新太はソロの秘策を考えている。
「頭の中でイメージをつくることにしました。夜が明けるころ、ソロモン王のもとに向かって砂漠を移動する隊列の中に、シバの女王のシルエットが浮かび上がってくる……という少しミステリアスな情景を考えています。今後の本番では、そのイメージがしっかり自分の中に浮かび上がり、シルエットが動き始めたらソロを吹こうと思っています」

一方、凛は部長として、西関東大会に向けてこんな課題を持っているという。
「県大会から1カ月くらい空くので、気が抜けないようにみんなのモチベーションを高めていきたいです。今年は、世の中の個性が全部集まっているんじゃないかと思うくらい部員のキャラが多彩です。それは良さでもありますが、まとまりにくさもあります」
困ったときに頼りになるのが、昨年からコーチをしている須藤壮(たけし)先生の存在だ。須藤先生は中越高校で部長だっただけでなく、卒業後に名門の東海大学吹奏楽研究会でも主将を務め、全日本吹奏楽コンクール・大学の部で金賞も受賞している。全国の舞台での貴重な経験を部に還元しつつ、リーダーにしかわからない悩みにも的確に応えてくれるという。
「一時期、3年生がバラバラで頭を抱えたことがありました。そのときは須藤先生がアドバイスをくれたり、3年生に直接話してくれたりして助かりましたし、勉強にもなりました」
同部の卒業生で、部員の立場で考えてくれる名古屋先生も、凛にとっては心強い味方だ。

勝負の西関東大会は9月7日。甲子園での応援も終えて、中越高校は集中して練習に取り組んでいる。
目標としている全国大会のレベルの高さを、凛は改めて感じている。
「去年の全国大会の演奏を動画で見たんですが、すごすぎて驚きました。西関東大会でも、代表常連の埼玉の高校は飛び抜けて上手なんですけど、全国大会は全部の学校がそれと同じくらいハイレベル。私たちが全国大会を目指すということは、そこまで高めていかないといけないということ。厳しいですが、頑張りたいです」
凛や新太たちが決めた今年のスローガンは「革命」。新たなチャレンジをおこない、部の歴史を変える、という意気込みが込められている。
目指すは「吹奏楽の甲子園」。甲子園球場には野球部に連れていってもらった。全力を尽くして敗れたナインの思いも背負って、今度は自分たちが「甲子園」へ行こう! 行く手を阻む壁がどれだけ高くとも、それを越えることは決して不可能ではない。
中越高校吹奏楽部の巻き起こす「革命」に期待したい。
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス
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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)
世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。


