【GPレポート】藤原歌劇団 ヴォルフ=フェッラーリ作曲《イル・カンピエッロ》

他愛のない物語から得られるこれほどの充足感、幸福感

中井奈穂(ガスパリーナ)

 ヴェネツィアの小さな広場を意味する《イル・カンピエッロ》。20世紀前半に活躍したエルマンノ・ヴォルフ=フェッラーリの代表作のひとつだ。初演は1936年だが、このオペラにかぎって、そのころの音楽にありがちなとっつきにくさは皆無。18世紀ヴェネツィアの劇作家カルロ・ゴルドーニの台本にもとづいた、小広場で繰り広げられる登場人物たちの戯れが、簡潔で純粋な美しい音楽に彩られて心地いい。物語そのものは他愛ないのに、「最高に愛おしい」と聴き手に思わせる力がある。藤原歌劇団の公演はそんな魅力のるつぼ。すみずみまで愛おしいヴェネツィアがみなぎっていた。公演日は、新百合ヶ丘のテアトロ・ジーリオ・ショウワで4月22日、23日、24日の3日間。初日および24日組の最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材した。
(2022.4/20 テアトロ・ジーリオ・ショウワ 取材・文:香原斗志 写真:寺司正彦)

左:中井奈穂(ガスパリーナ) 右:森口賢二(アストルフィ)
上:迫田美帆(ルシエータ)

 朝もやが立ち込めるような序奏とともに幕が開くと、そこはヴェネツィアの小さな広場そのものだった。石畳が敷き詰められ、中央には雨水を集める井戸がある。そして、鐘が鳴ると天井から吊るされた幕が上がり、そこに建物のファサードが描かれている。簡素な装置だが、見事にヴェネツィアが演出されている。

 水色の板が海に見えてしまうのもマジックのようだ。海の向こうにはサン・ジョルジョ・マッジョーレ島がのぞく。演出はマルコ・ガンディーニで、美術はイタロ・グラッシ。豪華であるかどうかではない。イタリア人でなければ出せないホンモノ感だ。

森口賢二(アストルフィ)
左:迫田美帆(ルシエータ) 右:森口賢二(アストルフィ)
左:角田和弘(ドナ・カーテ) 右:森口賢二(アストルフィ)

 ガスパリーナの中井奈穂は、みずみずしい声で華やぎもある。そして適度に力が抜けた洒脱な歌を聴かせる。イタリア仕込みに磨きがかかっている。じつはガスパリーナはナポリの貴族の出身で、最後はナポリの紳士であるアストルフィと結ばれる。そのアストルフィを歌う森口賢二も、イタリアを思わせる鋭い歌唱で説得力がある。

 一方、ルシエータの迫田美帆は、抒情的な声を息に乗せて自然に広げ、デュナーミクを理想的に表現できる。ニェーゼの楠野麻衣も、母音がしっかりと押さえられた自然な響きで、フレージングが美しい。

左より:迫田美帆(ルシエータ)、中井奈穂(ガスパリーナ)、但馬由香(オルソラ)、楠野麻衣(ニェーゼ)
角田和弘(ドナ・カーテ)
持木 弘(ドナ・パスクワ)

 こうして若い娘を演じるソプラノが、それぞれの役にふさわしいキャラクターを適切に表現できているので、他愛のない話が活き活きと躍動してくる。ドラマの生命力は、時任康文の指揮によるところも大きい。ヴェネツィアの空気感や、広場の周囲で起きるいざこざの種類や大きさに合わせて、音楽を躍動的に操り、伸び伸びと運んでいく。だから歌手たちも鼓舞されるように、自然と広場の一員になる。そんな好循環が生まれていた。

 アンナ・ビアジョッティによる衣裳は、おそらく18世紀のヴェネツィアの歴史的衣裳を土台にしたもので美しい。それを着た歌手たちの所作までがヴェネツィアを体現しているように感じられた。

手前左:東原貞彦(ファブリーツィオ)
左より:大塚雄太(アンゾレート)、迫田美帆(ルシエータ)、角田和弘(ドナ・カーテ)、楠野麻衣(ニェーゼ)、森口賢二(アストルフィ)、持木 弘(ドナ・パスクワ)、海道弘昭(ゾルゼート)、但馬由香(オルソラ)

 アンサンブルにも生命が宿っていた。たとえば第2幕、ルシエータとニェーゼ、それにニェーゼの恋人であるゾルゼート(テノールの海道弘昭)のアンサンブルが美しく、そこに3人の親が加わるからおもしろい。ゾルゼートの母親のオルソラは但馬由香が洗練されたメゾソプラノで聴かせたが、ルシエータの母親のドナ・カーテは角田和弘、ニェーゼの母親のドナ・パスクワは持木弘と、ともにテノールなのだ。笑いを誘いながらドラマにスパイスをまぶしてくれた。

 建物の陰では、人々がテーブルを囲んで食事をしているなど、さりげない仕掛けで、小広場にはいつもヴェネツィアの当たり前の生活が息づいている。そこにガスパリーナが登場すると、華やいだ声に舞台が輝く。2幕フィナーレはアンサンブルに合唱が加わり、広場の庶民的な快活さそのものだった。

左:楠野麻衣(ニェーゼ) 右:海道弘昭(ゾルゼート)
前列左より:迫田美帆(ルシエータ)、大塚雄太(アンゾレート)、楠野麻衣(ニェーゼ)、海道弘昭(ゾルゼート)、但馬由香(オルソラ)

 第3幕では、種々の行き違いから反目やいさかいも起きるが、騒ぎが頂点に達すると、ガスパリーナと結婚してナポリへ出立することになったアストルフィの音頭で、みな仲直りする。コロナ禍に続いてウクライナ問題が生じ、私たちはいま心休まらない状態が続いている。そんな時世だから、こういうフィナーレが心に染みるし、気持ちを鼓舞してくれる。

 空が夕日に染まると、家々のファサードが描かれた幕が下りて、海の向こうにサン・ジョルジョ・マッジョーレ島が姿を現す。そして、ガスパリーナは冒頭の序奏に現れた旋律を歌ってヴェネツィアに別れを告げる。きな臭い世のなかに勝ちとれた穏やかな幸福感といえばいいだろうか。そんなものに客席にいながら包まれた、稀有な時間だった。

右:大塚雄太(アンゾレート)
但馬由香(オルソラ)
中井奈穂(ガスパリーナ)

Information
藤原歌劇団公演 《イル・カンピエッロ》(新制作

2022.4/22(金)、4/23(土)、4/24(日) 14:00
テアトロ・ジーリオ・ショウワ


演出:マルコ・ガンディーニ
指揮:時任康文

美術:イタロ・グラッシ
衣裳:アンナ・ビアジョッティ
照明:西田俊郎

出演
ガスパリーナ:中井奈穂(4/22&4/24) 中畑有美子(4/23)
ドナ・カーテ:角田和弘(4/22&4/24) 山内政幸(4/23)
ルシエータ:迫田美帆(4/22&4/24) 中村芽吹(4/23)
ドナ・パスクワ:持木 弘(4/22&4/24) 所谷直生(4/23)
ニェーゼ:楠野麻衣(4/22&4/24) 米田七海(4/23)
オルソラ:但馬由香(4/22&4/24) 北薗彩佳(4/23)
ゾルゼート:海道弘昭(4/22&4/24) 及川尚志(4/23)
アンゾレート:大塚雄太(4/22&4/24) 和下田大典(4/23)
アストルフィ:森口賢二(4/22&4/24) 市川宥一郎(4/23)
ファブリーツィオ:東原貞彦(4/22&4/24) 杉尾真吾(4/23)

合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874 
https://www.jof.or.jp

https://www.jof.or.jp/performance/2204_campiello/