モーツァルトとフランスもので聴く円熟の境地
パリを拠点としてヨーロッパと日本で活動を続けるピアニスト菅野潤が、今年で演奏活動30周年を迎えた。その記念リサイタルが7月に浜離宮朝日ホールで開かれる。このホールは「いくつも思い出深いコンサートを開き、音楽的なインスピレーションを与えてくれた場所」と菅野は語る。
30年前の1984年、菅野はイタリアはシチリア島、日本は福岡で初リサイタルを開いた。86年には東京とパリでデビューを果たした。
「当時はまだ留学先で師事した先生方の影響力が圧倒的でしたね。78年にヨーロッパへ渡りましたが、一から自分の音楽を見つめ直し、白紙から人生を切り拓こうと無我夢中でした。30年の道のりの中で徐々に硬さが取れて、年齢を重ねるたびにある種の自由さを得てきたように感じます。今はソロ、室内楽、そして教育活動の3つが私の音楽活動の中心にあります。振り返ると、40歳からヨーロッパで後進の指導を始めたこと、そしてザルツブルク・モーツァルテウム四重奏団との共演を始めたことは、今の私の音楽作りに影響を与えた大きな分岐点だったかもしれません」
今回のリサイタルで取り上げるのは、モーツァルト、ドビュッシー、メシアン。演奏会や録音を通じ、菅野がもっとも「長く弾き続け、自分なりに深めて来た」作曲家たちだ。
「18〜20世紀の音楽の流れ、またその内的なつながりを感じていただきたい。メシアンはドビュッシーを非常に尊敬し、モーツァルトに管弦楽曲を捧げています。ドビュッシーもモーツァルトには特別な敬意を寄せていましたね」
「モーツァルト作品は、青年期と円熟期のものを組み合わせました。ソナタK.311は青春の息吹に満ち、K.570は晩年の透明感を湛えています。ドビュッシーの前奏曲集第2巻は、抽象的で浮遊感に満ちた曲想ですが、その中にはしっかりした構成があります。お聴きになる方がそれを能動的に捉えていかれるように演奏したい。メシアンの『幼子イエズスに注ぐ20のまなざし』は、宗教的な法悦をもたらします。人間の持つ官能性をもう一つ上の世界へと浄化し、私たちを高みにいざなう音楽です」
日本もヨーロッパも30年の間に「文明の衝突があり、グローバリズムが拡散し、社会の価値観は大きく変化してきた」と語る菅野。世界のダイナミズムを肌で感じながらも、「私の中ではただ一つ、真摯に音楽と向き合うという姿勢だけは変わりません」と静かな微笑みを見せた。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年7月号から)
7/10(木)19:00 浜離宮朝日ホール
問:コンサートイマジン03-3235-3777
http://www.concert.co.jp