世界のマエストロ4人が織りなす「新しい景色」
オーケストラの年間スケジュールといえば、欧米と同じように9月はじまりか、日本社会に合わせて4月はじまりが定番なのだが、東京フィルハーモニー交響楽団は2020年より1月はじまりに変更。「2020−21シーズン」といったような、年をまたぐ表記を撤廃した。慣習にとらわれることなく、21世紀の東京に相応しい新たなオーケストラ像を提示しようとする姿勢は、このたび発表された2021シーズンの定期演奏会のプログラミングやキャスティングにも反映されている。
15年以降の東京フィルは、特別な関係を築く3名の指揮者――現在の名誉音楽監督チョン・ミョンフン、首席指揮者のアンドレア・バッティストーニ、特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフを中心に定期演奏会の指揮を託してきたが、21年は更にその方針を徹底。プログラムも8種(計21公演)に絞り、「新しい景色をみたい」をシーズンテーマに、各々の指揮者が自らの得意とする鉄板の演目だけを取り上げるというのだから贅沢の極みだ。
1月にはバレエ、管弦楽曲、そして吹奏楽に編曲されても人気の高い「ダフニスとクロエ」と「火の鳥」をバッティストーニが指揮。オペラ指揮者らしいドラマティックな演奏を聴かせてくれるはずだ。2月には「復活」をチョン・ミョンフンが指揮。これまでも何度となく東京フィルと燃え上がるようなマーラーを披露してきただけに、今回も熱演間違いなしだろう。3月には有名な「モルダウ」を含む「わが祖国」の全曲をプレトニョフが指揮する。本来は1年前に予定されていたのだがコロナで延期に……。待望の公演となるため、特別な機会となるに違いない。
5月には再びバッティストーニが登場。またもやバレエ音楽の傑作であるプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」に加え、ピアソラの「シンフォニア・ブエノスアイレス」が日本で初めて演奏される。ピアソラが30歳頃に作曲したこの幻の交響曲は、レスピーギのようなド派手なオーケストラサウンドを得意とするバッティストーニにうってつけの1曲だけに、日本初演にして決定版となるような名演が期待できる。6月には桂冠指揮者の尾高忠明が客演し、得意のラフマニノフを気品高く聴かせてくれる。共演の上原彩子が、かつてコンクールの勝負曲としてきた「パガニーニの主題による狂詩曲」を現在どう弾くかにも注目が集まる。
7月と9月には続けてチョン・ミョンフンが再登場。ブラームスの交響曲を2曲ずつ取り上げて、12年ぶりのツィクルス(全曲演奏)に挑む。その当時も内側から燃えるようなブラームスを聴かせたが、近年はそこに諦念を感じさせる深化をみせているため、60代後半に差し掛かったマエストロ・チョンの円熟を堪能できる最上の機会となる。シーズンを締めくくる11月にはバッティストーニがみたび登場し、十八番のチャイコフスキーの交響曲第5番に加え、自作のロマンティックなフルート協奏曲を日本初披露。作曲家としてはバッティストーニの東京フィルの定期デビューとなる貴重な機会は、聴き逃せない。
東京フィルの定期演奏会は、定期会員になると驚くほどお得であることも知っておくべきだろう。なんとS席の会員なら最大3万円近くも割安になるのだ。しばらくオーケストラの定期会員を離れていたという方も、一度検討してみてはいかがだろうか?
文:小室敬幸
(ぶらあぼ2020年12月号より)
*東京フィルハーモニー交響楽団 2021シーズンの詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
https://www.tpo.or.jp