自然な流れをもつバッハを目指して
長年ソリストとして活躍し、近年は東京フィルのゲスト・コンサートマスターも務める実力派ヴァイオリニスト、川田知子が、J.S.バッハの「無伴奏ソナタ&パルティータ」全曲録音の第1弾をリリースする。彼女は今年デビュー25周年。その記念盤かと思いきや、むしろ自然な流れで実現したという。
「2000年のバッハ没後250年に全曲を演奏し、手応えもあったのですが、その後バロック奏法等を意識するようになると、自分の解釈はまだまだだなと感じました。それに00年には、以前私が優勝したシュポア・コンクールの監督、ヴォルフガング・マーシュナー先生から集中して学んだにもかかわらず、生かせていなかった。しかしチェンバロの中野振一郎さんや小林道夫先生と共演を重ねてバロックの演奏法を学び、イザベル・ファウストのCDにも刺激を受け、あらためて全曲を見直していくうちに、自分なりのバッハを録音してもいいかなと。今回は、マーシュナー先生から教わった自然な流れのスタイルを反映し、今の自分をきっちり残せたと思っています」
彼女は、バッハの自筆譜(ファクシミリ)を見ながら演奏している。
「バッハは天才。宗教曲等を聴いても『本当に人間が作ったのか?』と思うほど凄いし、無伴奏ヴァイオリン曲は、その彼が書いた譜面が残っているのが素晴らしい。ここには4本の弦と1本の弓で描き得る目一杯のことが書かれていますが、演奏不可能な部分もあります。往年の名奏者たちは和音を逆から弾くなどの奏法で音を残してきたのですが、今それはやりません」
ではどうするのか?
「例えば和音の2番目の音だけを残すといった工夫をして、聴き手の耳に委ねる。でもそれに拘りすぎると音楽が死にますので、細かい工夫をどの位するのかを考え、フレージングの歪みもきちっと表現し、それでいて歌が聴こえ、モティーフが浮かび上がり、ない音も聴こえてくるような演奏を目指しました。これは同時進行の音を一遍に聴くコンマスの経験が役立った部分もあります」
第1弾には、ソナタ第1番・第2番とパルティータ第1番が収録されている。
「1番のソナタはドリア記譜法で書かれている深い和音が伝わるように、2番のソナタはイタリアンなイメージで、重厚な音の中に明るくポジティブな響きが出るように、パルティータの1番は、4つの舞曲の柱にドゥーブル(各曲に続く変奏)が寄り添い、対で完結するように弾き、全体にテンポ感に気を配りました」
実際に聴くと、ナチュラルな音楽に魅せられるし、「私のCDに厳しいコメントを寄せる母が、今回は『何度でも聴きたくなる』と言った」という川田自身のエピソードにも頷ける。
今後コンサートでも随時披露される予定なので、第2弾を含めて大いに注目したい。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ 2017年8月号から)
CD
『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ BWV 1001-1003/川田知子』
マイスター・ミュージック
MM-4013
¥3000+税
2017.7/25(火)発売